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タンブラーでコーヒーを飲む時に知っておいて欲しい事

hitabon 
2011.06.16   [日記]


 ほんの僅かな違和感があった。
 それは、僕の身の危険を脳内に一瞬で刷り込んでくる何かだった。

 外出先で家の鍵を掛けたか不安になったかのような心持ちで、右手に持った真っ黒なボディのタンブラーを自分の口へ傾けた。飲み口の小さな穴から、コーヒーの香りが鼻に流れこんでくる。勢い良く肺の中にそれを吸い込むと、血液を通して酸素と共に体中に行き渡らせた。

 軽く傾けただけではタンブラーからコーヒーは出てこなかった。タンブラーを乾いた口元へさらに傾ける。

 そこでようやく僕は気がついた。先程の違和感の正体を。

 僕は、自分のタンブラーで毎日コーヒーを会社で飲んでいる。細長いタンブラーに並々と熱湯を注ぎ、インスタントコーヒーの粉末を流しこむ。ドリップしたコーヒーに比べるとインスタントコーヒーは味は落ちるが、会社という行動に制限がかかる空間ではその手軽さは非常に重宝している。
 今日いつもの様に僕はコーヒーをいれた。ただ、いつもと一つだけ違っていた。お湯の量をタンブラーの半分程度にしたのだ。普段は目一杯までお湯を入れる僕が、初めて、半分という冒険にでた。なぜお湯の量を半分にしたのか。給湯室ですれ違ったA部長や、廊下で挨拶を交わしたB後輩は、その理由を知る由もないだろう。
 エスプレッソコーヒーをご存知だろうか。大抵、通常のコーヒーカップに比べると、小さめのカップで提供されるものだ。エスプレッソコーヒーを飲む男は非常に出来る男、というイメージが以前から僕にはあった。スーツを着たがっしりした男性が、小さなカップでエスプレッソコーヒーを飲む。ここに男のロマンを感じずにはいられないのだ。
『会社のデスクでエスプレッソコーヒーを飲む男』
 これが僕の理想とする到達点だ。なぜ今日の僕はお湯の量を半分にしたのか。言うまでもなく、エスプレッソコーヒーを飲んでいる感じを演出したかったためだ。そのため、お湯の量は半分でも、コーヒーの量はいつもと同程度にしてみた。

 コーヒーはタンブラーからまだ出てこない。タンブラーを傾ける角度をさらに増やす。

 そして今僕は、未知の領域に踏み込んでいる事を否応なく知ることになる。
 タンブラーを傾けるという行為。これは中に入っている液体にとって、非常に不安定な動作なのだ。さらに私のタンブラーの場合は中身が全く見えない。見た目は黒く細長いコップの形状をしており、上部には取り外し可能な黒い蓋が付いている。さらに、蓋には開け閉め可能な小さな飲み口がある。すると何が起こるのか。中身が見えない状態でのタンブラーの傾け加減により、勢いのついた熱湯が飲み口から口の中に一気に流れ込んでくる。
 いつものタンブラー目一杯のコーヒーの場合は問題はない。最初の一口はタンブラーを僅かに傾けるだけ。コーヒーは、すぐに口に流れこんでくるため制御が容易だ。また、初めの内はすするように僅かなコーヒーを口に移し込んで飲むため、熱湯でも問題ない。そしてコーヒーが半分程度になった時。前述のような液体が不安定な状態にはなるが、その時にはコーヒーの温度はだいぶ下がっている。そのため、多少のタンブラーの傾き加減を誤ったとしても、やはり問題はない。
 それに比べて今はどうだ。熱湯、お湯半分、中身が見えない。この三重奏が今まさに私の生物としての生存本能に暗い影を落としている。
 何よりも注力すべきは、熱湯と口とのファーストコンタクトだ。軽く会釈をするかのごとく触れ合うのが最も理想的だ。その後はゆっくりとタンブラーの角度を調節して、タンブラーから口へのベストな流水量を探し当てればいいのだ。しかしその反対に、ファーストコンタクトがロックンロールだった場合。その時、僕の口はどうなってしまうのか、想像するに耐え難い。

 やはりコーヒーはまだタンブラー内に留まっている。限界を振り切り、タンブラーをさらに口に向けて傾ける。

 タンブラー内においてコーヒーがどの位置にあるのか見当が付かなかった。いつ流れ込んできてもいいように、上唇と下唇の間に隙間を少し開け、細く長く息を吸い込み続ける。異性との初めての口付けの際には、皆こんな口をしているのかもしれない。恋とは熱湯なのだ。一気に沸騰して燃え上がるものだ。そしてだんだん冷めていく。いや・・・冷めない・・・。ただ一つだけ忠告しておきたい。初めての口付けの場合に息を吸い込むのはお勧め出来ない。一気に熱は冷め、冷や水を浴びせられてしまう。
 そんな事を考えながらタンブラーを傾け続ける。いつの間にか僕は、当初掲げていた理想像から大きくかけ離れてしまっていた。

『会社のデスクでエスプレッソコーヒーを恐る恐る傾ける男』

 まだだ。まだ出てこない。息を吸い込み続けたせいで、いい加減に息が切れた。深呼吸をする。しまった。私は思わず苦虫を左上の奥側の小臼歯(左上5)で噛み潰したような顔をした。先程まで傾けていたタンブラーを、深呼吸するために一旦縦に戻してしまったのだ。またやり直しだ。再びタンブラーを傾けると、小さな飲み口からは、コーヒーの香りと共に、熱い熱い確かな鼓動が漏れ出していた。

『会社のデスクでエスプレッソコーヒーを恐る恐る傾け未だに飲めない男』

 いつ来るか分からない、しかし必ず来る恐怖。これが最も恐ろしい。有名な格闘…いやギャグマンガでそんな記述があった気がする。おかしい。もう出てきてもいいはずだ。タンブラー内では黒い悪魔が淡々とこちらを狙っているはずなのだ。ここでふと思う。人生には思い切りも必要なのではないか。石橋を叩いてばかりが人生ではない。意を決した僕は、タンブラーを一気に傾ける。

『会社のデスクでエスプレッソコーヒーを恐る恐る傾け未だに飲めないのかと思いきや熱い熱いと叫ぶ男』

 とても熱かった。唇、やけどしちゃったかも。まあ、良い。一度この痛みを覚えた僕は強い。圧倒的な強さでこのエスプレッソコーヒーを蹂躙していってやる。ぼくは、・・・

 いや。待てよ。
 この液体の流れに、この重力加速度、そしてタンブラーの形状。
 あそこをこうすると・・・
 まさか・・・
 いや、出来る。
 ふむ、実に面白い。

 その時、僕は閃いた。正直、この土壇場での自分の発想力、判断力、瞬発力が恐ろしかった。

 タンブラーを一旦デスクの上に僕は置く。そしてそのまま、タンブラーの上部を右手で力強く掴む。大丈夫。僕なら出来る。

 そう。

蓋を外して飲めばいいんだ。

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コメント

No title

マンガにすると、ドラゴンボールかバカボンド・・
緊迫感溢れる巻でしたね。

 睨み合いの目線だけで何コマも贅沢に使っちゃうような

私もインスタント珈琲が好きですよ。

我が稚拙なる喫茶きまぐれをご訪問いただきありがとうございます。
私も職場でのコーヒブレイクはインスタント珈琲を常用しておりますが、一応小ぶりな陶製カップに一杯程度いただいております。
利尿剤を処方されているため、一応水分制限がありますので、多く飲むことは叶いません。
ですから、小さなカップにそれこそデミタス状態に濃いめとなったコロンビア豆と称するインスタント珈琲を入れて飲んでおります。
そのため、タンブラーの使用は控えておりますよ。

はじめまして

はじめまして
とっても面白かったです。コーヒー飲むだけなのに
なんでこんなに考えちゃってるんだろうとか
すごく思っちゃって、クスクス笑っちゃいました。
そうですよね。タンブラーから出てくる熱い液体は恐怖ですよね
また遊びに来ます

蓋をはずして飲む…題名をみた時から予想していた答えでしたが途中経過が爆笑でしたので拍手一票(笑)

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