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僕の職場のアヒル口

hitabon 
2011.06.12   [職場の話]




明け方に降った雨は街頭の木々の葉に蓄えられ、大きな雫となったそれは耐え切れなくなると地面へと吸い込まれていった。窓の外では、幼稚園の青い制服を来た男の子達が、水たまりの上を長靴で行進している。
雨は既に止んでいるにも関わらず、まるで雨の中を泳いでいるかのようなひどい湿気だった。

僕は、会社のデスクの右端に握っていたボールペンを無造作に置いた。右手でネクタイの結び目を鷲掴みにして、一気に緩める。そして引き出しからうちわを取り出し、僅かに開いた胸元から湿った空気を送り込んだ。

右隣を一瞥する。僕より2歳上の男性の先輩がパソコンのキーボードを軽快に打っていた。

「先輩、ちょっといいですか」

僕が声を掛けると、彼はキーボードをたたきながら振り向いた。

「何?」

体をくねらせながらも、彼のキーボードを打つ手はそれでも止まらない。

「小室哲哉か!」

彼は残念そうな顔を一瞬して、自分のモニターへ視線を戻した。

「そうじゃないんです。ちょっとこちらを見てもらえますか?」

「何さ」

昨日の夜に練習した通り口の両端に力を込めた。

「どう思います?」さらに僕は頬を緩める。

「どうって?」

「いや、だから。僕のアヒル口ですよ」

彼は可哀想な顔を一瞬して、自分のモニターへ視線を戻した。

「少しでも愛らしいと思いませんでした?」

「いや」彼はこちらを見てくれない。

「おかしいですね。今アヒル口が愛されるはずなのですが」

空気中の水分が壁になり、僕と彼の間を阻んでいるかのうように思えた。キーボードの音だけがその壁を辛うじて通過して来る。
僕は喉の奥から声を上げる。

「ぐわ」

「…」

「ぐわ」

「…」

「ぐわ」

「…取り敢えず聞くけど、何?」

「全身アヒルになってみたらどうかなと思いまして」

「そうなんだ…」

「もし僕が本当にアヒルだったらどうします?残念ながら、この会社には居られないでしょうね」彼は、僕の発言を特段気にすること無くキーボードを打っている。「そうしたら、ディズニーランドで雇ってもらおうかな。ああ、でもな。ネズミに虐められないかな」

「頑張りなよ」

「冗談はさておき、昨日の打ち合わせの件ですが。」

彼は椅子を少し回転させて、体ごとこちらを向いた。

「昨日、打ち合わせなんてしたっけ?」

「そう、していません。なんでアヒル口は人気があるのでしょうね?」

「知らんよ」回転させた椅子を元の位置に既に戻していた。

「ネズミ口とかはどうでしょう。いけると思うのですが」僕はマウスを握る。「ちょっと、ネットでそういうのがあるか検索してみます。ネズミに関する事を調べるのに、マウスを使うとはこれ如何に」

彼は僕とは違う遠い世界に既にいるようだった。

「えっと。ネズミ口で調べると、トップにネズミ講が出てきますね。ふむ。これはどういう事でチュか?」

彼の肩が僅かに上下に動き、顔を僕と反対側に向けた。

「今、笑いました?なんでチュか?どうちまちた?」

「最後のただの赤ちゃん言葉だろ…」

「さすがですね。こういう細かい事に気がつくのと、飲み会でお通しを食べるのは早いですね」

「別にいいだろ。飲み会の時は腹が減ってるんだから」

「まあ、そうですね。それよりも、何故僕がアヒル口をしようとしたのか分かりますか?」

「知る訳ないだろ」

「義理の父がですね、昨日の夜、電話をくれまして」

「ほう」

「いや、義理の父から電話が直接来るなんて、3年前に近所の公園で僕が迷子になった時以来でして、びっくりしたんですよ」

「うん…」

「そしたら義理の父が言ったんですよ。『アヒルは好きかい?』って」

「はあ?」

「義理の父って結構厳格な方なんですよ。だから機嫌を損ねたらいけないと思って、『ディズニーランドに行ったら、ドナルドダックとしか写真を撮りません』って言ったんですよ」

「…」

「そしたら『よし、じゃあ今度アヒル口を見せてみろ』って言うんですよ。僕はもうびっくりして、頭の上に載せていたダンベルを落としそうになりましたよ」

「元々何してたんだよ」

「まあ、そんなこんなで今に至る訳です」

「ふぅん…」

「気のない返事しますね。良いんですか?禁断の言葉言いますよ?会社が滅びますよ?バルス言っちゃいますよ?」

「もう唱えてるじゃん…」

「だからですね、2011年はアヒル口でいきたい訳ですよ」

「義理の父、関係なくなってるがな…」

「よく覚えていますね。こういう些細な事と、パソコンのブラウザ選びだけはしっかりしていますね。それはさておき、奇しくも2011年の干支もあれですしね。今年の干支知っています?アヒ‥?」

「いやいや」

「ア・ヒ・…?」

「兎だろ。アヒルなんてないし」

「うっわ。ノリわる…」

「何でだよ」

「兎だろ!キリッって。恥ずかしい。アヒルってそのまま言っちゃうのも恥ずかしいですけど、兎だろ!キリッって、ないわぁ。それはないわぁ。そういうノリの悪さと、自分との関係性をイマイチ理解出来ないまま経理の女の子に携帯の番号聞こうと試みる態度はいただけないですね。」

「え?なんで俺が駄目な雰囲気になってるの。じゃあ、今の振り、お前だったら何て言うんだよ。はい、ア・ヒ・?」

「アヒ…アヒ…アヒ…?……アヒ・アマリージョ!」

「なんだよ、アヒ・アマリージョって」

「南米アンデス地域で食用とされる黄色い唐辛子。ペルー・ボリビア・チリの料理には欠かせない香辛料である。和名はキイロトウガラシ(by wikipedia)」

「Wikipedia読み上げてるだけだろ」

「アヒから始まる言葉って意外にないですね」

「だろ…?」

「はい…」

フロア全体に昼休みを告げるチャイムが鳴った。
彼は、溜息を深くつきモニターの電源を落とした。そして立ち上がる。

「それじゃあ、食堂行ってくるわ」

アヒル口でそう告げる彼の背中を、いつまでも僕は眺めていた。

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コメント

No title

ネズミ口からの下りは、爆笑でした・・・。゚( ゚^∀^゚)σ゚。 ケラケラ 

アヒル口って、男の人がやると思わず吹いてしまいます。
でも自分でやるともっと吹き出します(*≧m≦*)プププw

変顔に変わりはないと思う今日この頃・・・・・・・

コメントありがとうございます

ポテさん
>>アヒル口って、男の人がやると思わず吹いてしまいます。
変なアヒル口は笑ってしまいますね。
アヒル口のタレントまとめ、というページを以前読んだことがあるのですが、福山雅治や亀梨くんもアヒル口らしいですね。ちょっと私は言われるまで気が付かなかったのですが、芸能界には意外に多いのかもしれません。
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