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飴玉ちょうだい

hitabon   
2011.03.22   [日記]




逸れてしまった妻と次男を、私と長男は二人で探していた。

今日は近所の神社でお祭りが開催されていた。家族4人で遊びに来ていた私は、「おもちゃの屋台を見たい」と駄々をこねる長男に付き添っていたところ、次男を抱えた妻と逸れてしまった。

既に日は落ち辺りは暗闇に包まれていたが、神社の鳥居へと繋がる長い一本道の両側を、屋台の明かりが煌々と照らしている。甘い菓子の香りや、焼けた醤油の匂い、焦げた肉の香ばしい香りが合わさって次から次へ押し寄せてくる。鳥居までの道は小さな長方形が張り巡らされた石畳になっており、その上を楽しそうに会話するカップルの声、大声で叫ぶ店主の声、子供が泣き騒ぐ声、目まぐるしい程の様々な声で溢れかえっていた。


辺りを見回し妻達を探しながら、当初の目的地であった神社の鳥居へ私と長男は向かっていた。右手で長男の手をしっかり握り、人混みを掻き分けながら歩みを進める。

から。かろ。から。かろ。

隣を歩いている長男が大きな飴玉を無言で舐めていた。口の中で飴玉が歯に当たり音を立てている。

から。かろ。から。かろ。

私は立ち止まった。
飴玉の音が耳の中で何度も反響していた。周りのざわめきが遠のいていき、飛び飛びになったビデオカメラのような映像が、脳の奥深くでちらつき始める。あの時の、私を、妻を、そして…。

周りの木々がわずかにそよぎ、頭上の月は雲に覆われていく。

私は思い出してしまった。
あの恐ろしい4年前の出来事を。



 それは、4年前のゴールデンウイークの事だった。結婚して間もない私と妻は日帰りの温泉旅行を計画していた。インターネットや雑誌でお勧めの温泉を二人で調べ、希望する条件のものを車で2時間程かかる山間の温泉街にようやく見つけることが出来た。結婚する以前から二人で旅行することはもちろんあったが、結婚してからは初めての旅行。お互い顔に出さずとも、どこか改まった気持ちで心弾ませていた。

 当日は早朝6時に起床し、朝ごはん用に妻が作ったおむすびを食べながら温泉街へと車で向かった。道中は名所旧跡を巡り、昼食をとり、お土産を購入し、予ねてより考えていた旅行スケジュールを順調にこなしていった。そして、ようやくお目当ての温泉街に到着した時には午後3時を回ろうとしていた。

photo by hiroooooki

 温泉街の共用の駐車場に車を止め、歩いて5分程の温泉宿に向かう。辺り一面が緑豊かな山に囲まれ、街の中央を流れる川のせせらぎが街全体を心地よく包んでいた。昔ながらの木造の古風な街並みは、日頃の都会の喧騒を忘れさせ、懐かしさと共にどこか心落ち着かせるものがある。見るもの、聞くもの、香るもの、全てが想像していた以上の場所に、温泉に入る前から私も妻も全身が癒されていた。


 車が一台通れる程の小さな道の角を曲がり、温泉宿がようやく見えてこようとした時、道の脇に小さなお地蔵様が一体あるのを見つけた。かわいらしい赤い前掛けを身に着け、小さな子供のように見えた。何の気無しにそれを見ながら私は歩いていると、私の足元で突然何かがガリっという音がした。何かを踏みつぶしたような感覚を靴の底を通して感じた。足をそっとどかしてみると、そこには粉々に砕けた赤い飴玉の破片が散らばっていた。
 地面に落ちていたものを誤って踏んでしまう。それは取り分け記憶に残すほどのない小さな事だろう。しかし、それがこれから起こる出来事の始まりになろうとは私は思いもよらなかった。

 7階建ての背の高い温泉宿に到着した。横に引く昔ながらの木で出来た扉をカラカラカラと開ける。古い建物特有の香りが一気に外へ流れ出してきた。ロビーには紺色のソファーが横に3つ並んでおり、その前には受付のカウンターがあった。誰一人いないようだ。構わず中に入ろうと私が一歩踏み出した時、後ろにいる妻が声を掛けてきた。

「ねぇ、飴玉ちょうだい」
普段飴を食べない妻から思いもよらぬ事を突然言われ、驚いて私は振り返った。
「え?飴玉?」
「うん?どうしたの?」何故か妻も私を見て不思議そうな顔をしていた。
「今、飴玉ちょうだいって僕に言わなかった?」
「いや、そんな事言ってないよ」
お互いの顔をみて私達は首を傾げた。
「あれ、おかしいな。確かにそう聞こえたんだけどな……」
「ここまで運転が長かったから、疲れているんじゃないの?」

笑いながら妻は答える。何か釈然としないものをその時の私は感じたが、別段深く追求はしなかった。

photo by y_katsuuu

 浴室は宿の4皆にあった。縦横4m四方もある檜で作られた浴槽が中央にあり、その周りに洗い場がいくつかあった。露天風呂もなく、大きさだけで言うならばそれほど立派とは言えない温泉だった。しかし温泉に浸かりながら見える巨大な窓の景色は、この上なく格別だった。ある一面からは街全体を見下ろすことができ、他の一面からはふくよかな山の緑と遙か下の川の流れが見えた。男湯は私以外誰もおらず、まさに貸切状態になっている。そのため、浴槽の中央に私は陣取ると思いっきり足を伸ばし、心も体も解放することが出来た。

ぽつ。ぽつ。

 浴室の天井から落ちてくる水滴が湯船の上に落ち、静かな音を浴室内に響かせている。街の景色を湯船から一人で私は眺めていた。ほかに誰も入ってくる様子はない。

ぽつ。ぽつ。ぽちゃん。

 水滴でなく何か小さな物がお湯の中に落ちた音が背後からした。後ろを振り返り確認してみるが、そこにはまっさらなお湯が見えるだけで、他には何もない。湯船の中も覗き込んでみたが、やはり何も見つからなかった。気のせいかもしれない、そう思った私は、今度は窓とは反対側を向き湯船に体を沈めた。そこからは洗い場、シャワースペース、そして脱衣所に通じる扉が見えた。そこまで視線を動かした時、思わず私は固まった。
 
 脱衣所に誰かいる。

 脱衣所への扉はスリガラスではっきりと見えはしないが、ガラス越しに黒い影が見える。背丈から考えて小さな子供のようだ。もちろん脱衣所に子供がいたとしても不思議はない。親子で温泉に来たのかもしれない。しかし、一点だけ奇妙なのは、その子供は直立不動のままスリガラスの向こうから浴室の中、つまりこちらを覗いているようなのだ。そして。

から。かろ。から。かろ。

扉の向こうから飴玉を舐めているような音が聞こえてきた。あの子供は一体何をしているのだろうか。上手く言い表せない気持ち悪さに私は包まれた。

ぽつ。ぽつ。ぽちゃん。

また私の背後で何かがお湯に落ちる音がした。扉の外にいる子供も気になったが、再び背後を確認して見た。やはり何もない。いや。何か甘い香りが一瞬だけ鼻をくすぐった気がした。何の香りかは判断つかない。そして、再び脱衣所の扉を見る。しかし、そこにはもう誰もおらず、飴玉を舐める音もいつの間にか止んでいた。

風呂から上がり、一階のロビーで私と妻は落ち合った。そして先程あった出来事の一部始終を妻に話した。

「気にしすぎだよ。それに子供がいたとしても、何もおかしくはないのだし」
「まあ、そう言われるとそうだけど。でも、結局その後誰一人浴室に入って来なかったんだよ。何かおかしな感じがするんだよね。何、って言えないのだけれど」
「何もないって。女湯は何人か人がいたけど、すごい気持よかったよ」
「そうなんだ。まあそうだよね。この温泉街の雰囲気で、何か変な気分になっているのかな」
「そうそう。それより、ご飯食べに行こうか」

お化けや幽霊の類の話は、私は今まで全く信じていなかった。そのため、妻が言うように私が感じた違和感、気持ち悪さは所詮気持ち的な問題、または子供のいたずら、そう思った。それから私達は温泉街で夕食をとった。山の幸が満載の料理に舌鼓を打ち、テーブルの上に出された料理を私も妻も食べきる事が出来ない程だった。体も温まり、腹も膨れ、その頃には先程まであった出来事など、すっかり私は忘れていた。淡い蛍のような明かりが徐々に街に灯り、川の流れの静けさが街を漂い始めていた。

午後8時になり、私達は自宅へ帰ることにした。山間の温泉街から都内へと、うっそうとした街灯もない山道を車で下っていく。私は車のライトだけを頼りに車を運転し、妻は助手席で車のAMラジオのチューニングをしながら音楽を聞いていた。
 大きなカーブを曲がり、長い直線に入った時だった。

「あ!今、誰かいた!」窓の外を食い入るように見ながら妻が声を上げた。
「え!?誰か?さっきの僕の話じゃないけど、気味の悪い話しないでよ」ハンドルを握り、前を向いたまま私は答える。
「いや、確かにいたんだけどな。小さな子供が一人で…」
「こんな暗い山道に誰もいるはずないよ」
「まあ…そうだよね……」

妻の見間違いだろうと思った。こんな人里離れた誰もいない森の中に人がいるはずない。ましてや子供が一人でなんて。私のおかしな話を聞いて妻も影響を受けてしまったのかもしれない、そう思った。そして今日一日の出来事に私は思いを巡らしていた。その時。

コツン。

 運転をしていた私の左足に何かぶつかった感触がした。足元を見る。
 そこには、赤い飴玉。

「うわ!!!」
「え!?どうしたの!?」
「足元に突然飴玉が!」
私の足元を直ぐ様妻が確認し、それを拾い上げる。
「突然現れてびっくりした…飴なんか持ってきていたっけ?」
「いや、二人とも普段から飴なんか食べないし、持ってきていないけど……」

 私の中の言い表せない不安は、何か確信めいたものに近づいていた。飴玉をつまみ上げ、しげしげと妻は眺める。体に纏わり付くような空気と、水を打ったような静けさに車内は包まれていた。
そして。

から。かろ。から。かろ。

 あの音だ。飴玉を舐めている音が聞こえる。その音は、私の、すぐ後ろ、後部座席から聞こえる。全身が硬直した。横にいる妻を視界の端で一瞥する。妻もまた、血の気が引いた顔をし前方を直視したまま固まっていた。
 私は意を決し、バックミラーをゆっくりと覗き込んだ。しかし、そこには真っ暗な後部座席がただ映されているだけ。それなのに…

から。かろ。から。かろ。

間違いなかった。何かが後ろにいる。一体…何が。
この膠着した状態がどれくらい続いたか分からない。ようやく、妻は、ゆっくりと、うしろを、振り返る。

「きゃあああああああ!!」

 するどい悲鳴が車内を切り裂き、妻はそのままシートに倒れこんだ。その大声で私の体の硬直が一瞬にして解かれ、すぐに車を道の脇に停めた。そして後部座席を振り返る。
 しかし、そこには私と妻の荷物が置いてあるだけだった。助手席では妻が気を失っている。

「大丈夫!?起きて!しっかりして!!」
私の声で妻はゆっくりと目を開けた。
「大丈夫?何があったの!?」
「……あれ?何だっけ…後ろを見ようとして…振り返って…そして…」妻は前方に少し体をかかげ、両手で顔を覆った。
「その後…覚えていないの?」
「うん…記憶がぷっつり切れているみたいな感覚…」
妻はうなだれ考え込んでいた。妻に一体何があったのだろうか。車内は異様な空気に包まれていた。いずれにしても一刻も早くこの場を私は去りたかった。
「…それならもういいよ…とりあえず、そのまま寝てていいから」
「ありがとう…そうするよ…」

 妻にこれ以上負担を掛けさせないために、そのまま眠らせた。山道をさらに下っていくと、無数に輝く街の灯りが見えてきた。その灯りは人の営みに溢れており、私の得も言われぬ不安な心を落ち着かせてくれた。その後、何事もなく私達は家まで辿り着くことができた。
 あの飴玉の音は何だったのか?妻が見たものは何だったのか?全てが闇に包まれたまま、私達の温泉旅行は終わった。



鳥居までの長い道のりを私と長男は歩き終えた。大きな赤い鳥居をくぐる。人の数もまばらになり、後ろで先程までの喧騒が聞こえた。結局、妻と次男とは会えずに鳥居の元まで辿り着いてしまった。
すると前方から私の名を呼ぶ声がした。背伸びをしてその声の主を探す。探していた妻と次男が20m程先の神社の境内の前にいた。安堵の溜息をつき、右手で長男の手ををぐいと引っ張り、私は走り出そうとした。



周りの木々が激しくざわめき、頭上の月は完全に雲に覆われていく。

妻は眠っている次男を抱きかかえ、こちらに向かって手を振っている。
そして。
妻の隣に立っているのは。
長男。

私はびくんと立ち止まった。体中が痺れて動くことが出来なかった。静止した時の中で私の頭は真っ白になる。瞬きはおろか息をすることも叶わない。前方、妻の傍らにいる長男が笑顔で両手を振っているのが見えた。それとは対照的に、"何か"と手を握っている私の右手にひんやりとした感触が徐々に戻ってくる。

から。かろ。

私の右手の先、後方から聞こえた。私の中のありとあらゆるものが、その音の先に視線を向ける事を拒絶する。

から。かろ。から。かろ。

呻き声に近い叫びが私の喉から微かに漏れた。心臓の音が激しく警鐘を鳴らし続ける。


突然、辺りの音がやんだ。もはや何も聞こえてこない。

震える私の右手が、ゆっくりと、後ろへ、引かれる。

そして、聞こえてきた。



「ねぇ、飴玉ちょうだい」


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コメント

こ、怖い((((;゜Д゜)))

ゾクゾクしました。次回作にも期待o(^o^)o

怖ェェェェ(ToT)
最後は
手を引かれてリンゴあめの屋台に連れて行かれたんだと思う事にしますw
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