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夜凪の時

hitabon  長男 
2010.11.26   [日記]



 幾層もの赤や黄色の暖かい光が、透き通った空からオフィスの中へと舞いおりていた。時計の針はゆっくりと時を刻み、行き交う人の足取りも自然と緩やかになる。会社の昼休み、ある者は携帯電話を弄り、またある者はバソコンのディスプレイをぼんやり眺め、またある者は机に上に突っ伏し、それぞれが微睡みの海の中を右に左に漂っていた。
 机の上に置いてあった私の携帯電話が、水にあげられた魚のように声もなく震えだした。深いところをゆらゆらしていた私の意識も一気に水面まで引き上げられる。「メールでも受信したのか」さほど気にも留めずに再び目を閉じようとした。しかし震えは鳴り止まない。薄い氷越しに覗いたようなぼやけた視界の先には、"妻"、そして"着信中"の文字。「こんな時間に珍しいな」携帯を右手で取り上げながら、そう思った。ただそれ故に、言い表せない不安が一瞬にして私の体を包み、心臓の鼓動を騒がしくした。口が少し乾いているのを感じながら、電話を取る緑色のボタンに親指を伸ばした。
 私は上司に簡潔に現状を伝え荷物を纏めると、会社の門を飛び出していた。弁当箱やら手帳やらが詰まった黒い鞄は、私に置いて行かれまいと必死に肩から掛けた帯にしがみつく。すぐにタクシーを見つけて駆け込むと、白く綺麗に手入れされたシートに座る間もなく口早に行先を告げた。家族が待つ公園へ。

 妻と子供達は、車で近所の大きな公園に遊びに出かけていた。遊び慣れたはずの公園だった。そこで長男は体を強く打ち怪我をしていた。息子は痛みのために泣き叫び、妻は病院に連れて行こうにも抱き上げた息子が離れないため、運転もままならない状況にいた。会社から公園まではタクシーで15分程度。私は携帯のディスプレイをじっと眺めながら、タクシーに揺られていた。ぴったりと閉まった窓の外から流れ聞こえる街の喧騒は、どこか他人ごとのようにさえ感じた。しばらくすると、息子の容態はとりあえずは落ち着いたと、やはり少し落ち着いた口調の妻の声が、携帯の受話スピーカーから聞こえた。

 見慣れていたはずの公園は、何か妙な空気に包まれていた。本来情緒溢れるはずの秋の木々はその色を失い、フロントガラスに妻が購入した交通安全のお護りがぶら下がった車のシルバーのみが私の瞳に映る。タクシーから降り、行く手を阻む空気の壁を懸命に掻き分けた。一歩一歩力強く地面を蹴り上げた音は、直ぐさま私の遥か後方に取り残されていく。車に駆けつけた時、妻は長男を体ごと抱きかかえ、車の後部座席に座っていた。その横の使い古したチャイルドシートには、事態も分からず顔をくしゃくしゃにして泣き叫んでいるまだ幼い次男。長男は少し泥で汚れた顔にくっきりとした2本の涙の後を残し、静かな寝息をたてていた。車内をエアコンで循環していた空気は、暗い海の底にいるかのように、誰の身にも重くのしかかった。

 妻と二言、三言、言葉を交わす。そして車のハンドルを握り、ペダルを踏み込んだ。妻は息子を包み込むように抱きかかえていた。公園の駐車場を出て路地を曲がると、そこは急勾配な下り坂。いつもは長男が大きな声で「坂だ!速いぞ!」と叫び私達を笑わせたが、今日は無表情な車のエンジン音のみしか聞こえてこない。そして私の急ぐ気持ちとは裏腹に、真上から真っ赤に睨み付けてくる丸いライトが何度も私達の行く手を阻んだ。しかしそれは同時に、後ろで寝ている息子を確認する合図にもなっていた。様々な想いが胸中でごった返したが、どれに手をつけてよいか分からず、ただ慎重に混雑する車の荒波をかわしながら、近くの病院へと車を走らせた。

 病院の入り口で、車に乗った私は妻と長男を先に降ろし医者の元へ向かわせる。私と次男は車を駐車場に止めると、すぐにその後を追った。そして私と次男はしばらく診察室の前で待っていた。扉が開くと、左腕を白い布地で固定した長男が妻に抱きかかえられて出てきた。兎にも角にも疲れ切った弱々しい顔つきだった。全治一ヵ月半の左鎖骨の骨折。
「痛いのによく頑張ったね」
そう声を掛けると、私の顔をちらりと見てから妻の胸に顔を埋め、右手で妻の肩の辺りをぎゅっと掴んだ。そして「うん」という細い糸のような一言が、息子の小さな背中後しに辛うじて聞こえた。

 その日の夜は、息子はあまり食事をとる気力もなく、また風呂にも入ることも許可されていないため、早々と寝室に向かった。私と息子、寝室はいつもの寝かしつけのお祭り騒ぎとは対照的に、水を打ったかのような静寂。部屋の壁に掛かっている時計も、部屋の脇で光るランプも、部屋のひんやりとした空気も、今日は皆黙って様子を伺っていた。痛みで顔を少し歪めながら、何度も目を開けたり閉じたりを繰り返す息子。私は息子がお気に入りの花柄の掛け布団を、首元までそっとかけ直してあげた。息子の身体全体を飲み込む無数のピンク色の花達が、ランプに淡く照らされ、暗い海の中で静かにそよいだ。息子が何か言いたいのか、首を錆びついたドアノブのようゆっくりとこちらに向けた。
「病院行ったのに、痛いの直らないね…」
その言葉は天井に届くことなく、すぐさま宙に溶け込んで消えた。頭をそっと撫でてあげると、僅かに汗と砂の混じった匂いがした。近くに置いてあった濡れたハンドタオルで、彼の”色々なもの”を白い布地に染み込ませ優しく拭いながら言った。
「お怪我、すぐには直らないけど、ちゃんと直るから大丈夫だよ」
少し不満気な顔で小さく「うん」と一言。そして再び目をぎゅっと瞑った。
 しばらくすると表情がだいぶ穏やかになってきた。意識がゆらりゆらりと夜凪の波打ち際を揺れているようだった。私は彼の頭にそっと手を置く。もうしばらくこのまま此処にいることにした。

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コメント

え?え?えぇぇ~??

お怪我大丈夫ですか?

でもお兄ちゃんよく頑張りましたね。
しばらくは、大好きなものを食べさせてあげて
ゆっくり休んで・・・。いっぱいいっぱいやさしくしてあげてください。

早く元気になって、走り回れるのを願っています。

お大事に

鎖骨か…
小さい子の治りは早いが
いつの頃か
忘れていた
痛みが疼痛となるわたくしの
年になると…
さらが割れたまんま放置したのが
最近ズキンズキンいたします
遠い記憶の痛みです…
ぼっちゃん
がんばれ!
強い子になれ

No title

ネタ記事かと思ったら…
子供の怪我や病気はつらいですねぇ
本当に、代わってあげたいと何度思ったことか。 
 
原因はわかりませんが
奥様のショックも大きいと思いますので
やさしくしてあげてくださいね。

No title

長男君、お怪我されちゃったんですねi-201
奥様もhitabonさんもショックだとは思いますが、
こどもは怪我して、そこから何かを学んで大きくなっていくものだと思います。

ともあれ、早く治ると良いですね。お大事に。

大変でしたね。

気持ちとってもよーくわかります。
私も幾度か経験しました。
息子さん、がんばりましたね!!
それ以上にhitabonさんと奥様も
心が痛かったことでしょう。
子供を健康に育て上げることって
本当に大変ですね。
一喜一憂の毎日の積み重ねですもんね。
あらためて、
親に感謝の念がわいてきます。
一日も早く回復されること
心から祈ってます!!

No title

こういう文章を広く世の中で読んで欲しいと思いました。
「病院行ったのに、痛いの直らないね…」
この言葉を虐待を続ける人々に贈りたい。

No title

hitabonさんも奥様も長男君も、今日一日お疲れ様でした。
自分の大切な家族が怪我をしたとき、心配しずにはいられませんね・・・。
携帯で連絡を受けた時のhitabonさんの気持ちが、文章を読んで痛いほど伝わってきました。

子供は大人よりも怪我の治りが早いと言いますが、今は精神面の方も不安定そうで心配です。
一日でも早く長男君が心身ともに元気になってくれることをお祈りしております。

お大事になさってください。

大変な事態の内容に驚きました。
骨折なんて・・・かわいそうに、さぞかし痛かったでしょうね。

回復を心よりお祈りいたします。

はじめまして。

ご訪問ありがとうございます。
お怪我大丈夫でしょうか?
子供が元気な時は、ちょっと静かにしててくれないかな?
と思う時もありますが、病気や怪我などして大人しいと
やっぱりいつもの騒がしいのが、良いな~ってしみじみ思います。
家族みんな健康が一番の幸せですよね。
1日も早くお元気になりますように・・・。

まだ治る怪我で良かったですね
しかし
この寒い時期に風呂に入れないのも酷ですな

痛い…!

今まで両手足(指含む)の骨折経験がある私は
息子さんの痛みがぐわっと全身に伝わってきた感じがしました…。
よく我慢しましたねえ(泣)えらいぞ息子くん!
1ヶ月半後にはホームランだっ!

コメントありがとうございます

ときこさん
ありがとうございます。
>>早く元気になって、走り回れるのを願っています。
今は骨はまだくっついていないままなのですが、元気に走りまわっています^^;

みかすけさん
今回の怪我を教訓にして強くなって欲しいですね!

マッキさん
>>奥様のショックも大きいと思いますので
そうですよね。私もそう思って、怪我をした時のことはあまり突っ込まないようにしています。
原因は、息子が滑り台を頭から滑って遊んでて、ふと一瞬目を離したら痛がっていたらしいのですよねぇ><

Juno☆さん
>>こどもは怪我して、そこから何かを学んで大きくなっていくものだと思います。
はい。危ないことは危ないと、程良く慎重になってくれればいいですね。(慎重過ぎて、消極的になってしまうのも困りものですが)

purecreamさん
>>一喜一憂の毎日の積み重ねですもんね。 あらためて、親に感謝の念がわいてきます。
本当ですねぇ。私も小さい時に、ちょっとした手術をする程度の怪我をした事があるのですが、その時の私の両親も、今の私のような気持ちだったのかな、としみじみ考えてしまいます。

ピコさん
聞くに堪えない事件が多くて、本当に胸が詰まる思いがしますね・・・

優月さん
ありがとうございます。今は腕はまだ使えない状態なのですが、部屋の中ではしゃぎまわっていて、あまり飛んだり跳ねたりするなと注意しているくらいです^^;

久那さん
骨が折れた瞬間の事を考えると、ほんと痛かったろうなと、私もつらくなってしまいますね

あゆじろうさん
ありがとうございます。毎日笑ったり、怒ったり色々あってついつい忘れてしまいますが、健康であることは本当大切ですよね。

雅さん
お風呂は怪我の後、2日後には何とか入れるようになりました。本人も意外と慣れてきたみたいですね

アメ玉舐代さん
怪我が治ったら、思いっきり外で遊んであげたいですね~

え~~~大丈夫?!!


海老蔵も心配…

No title

大変でしたね。
子どもの病気やけがは、親にとってつらいもの。
代わってあげたくてもあげられないしね・・・
特にけがは、どうしようもない場合でも
親は責任を感じてしまう事が多いです。
奥様のこと、受け止めてあげて下さいね。
私の経験上、結構尾を引きます。
息子さん、早く良くなるといいですね

つらいですね。。。

痛いの飛んでいきますように。

No title

大変でしたね
今まで私も何度か病院に駆けつけたということがありました
なぜ どうしてって思いながら
みんな元気なのになぜうちの子ばかり・・・
って よく思いました

いかがですか?
子どもの回復力は大人のそれに比べて強いので
すぐ楽になると思いますが
お大事になさってくださいね
      

コメントありがとうございます

mackyさん
ありがとうございます。今はもう大丈夫?です。

hanakajiさん
>>奥様のこと、受け止めてあげて下さいね。
>>私の経験上、結構尾を引きます。
そうなんですか。母子共に肉体的、精神的にもケア出来るように頑張ります

なおこさん
痛いの、がっと掴んで、ばっと投げ飛ばしたいですね

dariaさん
ありがとうございます。今は腕は使えないものの、元気すぎて困ってしまうくらいです^^;色々な意味で早く治ってあげて欲しいです

こんばんは。

痛い思いをしましたね。

息子クン頑張りましたね。
奥様も気をもんだと思います。もちろんhitaさんも


僕は今年、股関節を脱臼骨折し4ヶ月入院しました。
手術もしたしリハビリもきつかったです。

でも、僕は一人ではなかった。だから頑張れました。
今では、問題なく生活してます。

息子クンもhitaさんや奥様の沢山の愛情をうけて、すぐに良くなると思います。

お大事になさってください。
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名前 : hitabon

2児(♂5歳、♂3歳)の父親です(プロフィール詳細はこちら)

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