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嫁日記 -思考の深さと餅-

  hitabon 
2013.03.04   [日記]



 人間とは、思考をする生き物でございます。
 それこそが、人を人たらしめている、最も重要な要因であると、常日頃より私は考えておりました。
 勿論、動物達にも、生きていく上で、物事を考える事は当然ありますでしょう。しかしながら、その己の生への探求、物事の因果関係の究明、人の情の追求には、他の生物の追随を許さぬ、深遠さがあるものでございます。
 それは、人の矜持でもあり、歴史上多くの思想家たちによって培われてきた、人類の知恵と申すべき物でございましょう。
 こと私の主人の思考の深さに関しましては、それはもう、比類無き程のものでございまして、私のような者が、一歩そこに足を踏み入れようものならば、富士の樹海と申しましょうか、暗黒の海の底と申しましょうか、とても正気を保っている事が出来ない程でございます。これは、主人が私の事を気遣って下さいまして、あまりお話にならない事なのでございますが、以前主人がお付き合いをした事がある女性は、皆三日と絶たずして、その精神をすり潰され、二度と口の聞くことの出来ない状態になってしまった、と聞かされた事がございます。
 私はそれを知っておりましたので、主人と話す時には、最新の注意を払いまして、常に一歩身を引いて、そのお考えを拝聴させて戴く事が専らでしたが、先日の事でございますが、つい、その事を失念してしまい、主人の思考の深淵を彷徨った時のお話を、本日は記したいと考えております。
 
 あれは、深い翠色の静けさを、夫の湯呑みに注いだ時のことでした。
 主人が、私を手招きをして、お呼びになられたのです。

「ちょっと、聞いて欲しい事があるのだが、いいかね」

 私は、急須を卓袱台の端に整えまして、主人の前に腰を下ろさせて頂きました。

「はい、どうかしましたでしょうか」

 主人は、平たく息を吸い込みながら、茶を口に流し込みになられてから、お話をお始めになりました。

「お前も知っていると思うが、私は毎朝、自転車で通勤している。時間にして20分だ。毎日同じ道を、同じ時間に通っていると、様々な事に気がつくのだ。バス停でバスを待つ男性、幼稚園に向かう親子、ランニングをする青年。その全てが、毎朝、同じフイルムを見ているかのように、再生されるのだ。するとどうだろうか、次第にその光景に慣れていくのと同時に、様々な疑問が湧いてくるのだ。彼はバスに乗ってどこへ向かうのか、その園児はどこの幼稚園に通っているのか、彼は何故自分の体を鍛えているのか。人によっては只の日常風景に見えるものでも、私からすれば好奇心の塊が転がっているようなものなのだ。そこでだ、今日の朝、私はある車に注目した。その車は民家の駐車場に止まっているのだ。駐車場は車道と平行に配置されており、私は車の側面を眺めながら、いつもそこを通りすぎていたのだが、その車のバンパーと、駐車場の壁の隙間が問題だったのだ。」

「問題と言いますと、何かあったのでございましょうか」

「僅か1センチ程度の隙間しか空いていないのだ。初めて見たときは、壁に衝突しているのではないかしらと、見間違った程なのだ。そして驚くべきことに、その車は毎日、一旦外に出ているようなのだ。何故かというと、日によってその1センチの隙間が、1.5センチだったりするからだ」

「それは大変凄い事でございますね。駐車が大変お上手なお家なのでございましょう」

「その通り。私も前からそう思っていた。ただ、今日の朝、事態は変わったのだ。私は先程も言ったように、その車の側面だけを毎朝見てきたが、前面部分に関しては、あまり注意を払っていなかったのだ。そこで、今日の朝、私は自転車を降りて、その前面部分を、前面部分と言っても、隙間は1センチ程しかないので確認が難しいのだが、覗きこんだのだ。すると、どうだろう。ナンバープレートが、内側に折れ曲がっていたのだ。お前はこれをどう思うかね」

「あらまあ。恐らくでしょうが、車を駐車する際に、ぶつけてしまれわれたのではないでしょうか」

「私もそう思った。そう思って、立ち去ろうとしたのだが、ふと立ち止まった。どうも様子がおかしいのだ。もしナンバープレートが曲がる程の衝撃であれば、駐車場の壁にも何かしらの跡が残るであろう。しかし、確認したところ、それが全くないのだ。つまりだ、それはここの駐車場によって、傷ついたものではないのだ。」

「なるほど、それでは、何処かで御ぶつけになったのでございましょう」

「そうも考えられるが、ぶつけたのは、何も壁だけとは限らない。その狭い駐車場内でも、その他の要因によって、傷が付く可能性だってあるのだ。それを解く手がかりは、いつだ。いつ、その傷が付いたか、だ」

「あなたは今日の朝、お気づきになられたと申しておりましたが、昨日はどうであったか、覚えていらっしゃいますでしょうか」

「いや覚えていないのだ。だがな、こう考えてはどうだろうか。少なくとも、昨日の時点では、私も、勿論お前も、その車に傷が付いていようなどとは考えもしなかった」

「その通りですね」

「傷が付いたと分かったのは、今朝、私が車をみた時だ。言い換えるならば、私が車を見た時に、車に傷が付いたのだ。しかし、誓って言わなくてはならないが、私はその車に指一本も触れてはいないのだ。」

「ええ、分かっております。あなたがそんな恐ろしい事をするはずありません」

「私がその車を観察した事で、車に傷がついた訳だ。では、誰がやったかだ。私はな、これをお前に言うには正直勇気がいる。何故ならば、これを口にだした瞬間に、後に引けなくなるからだ。それでも私は考えなくてはならない。つまりだ、私が見た瞬間に、傷が付いたとするならば、これはもう人の仕業とは思えないのだ。」

「なんと恐ろしい事でしょう」

「私はな、怖いのだよ。今まで、それこそ何十人という女性を発狂させてしまったのだ。私の体には、その怨念というか、負の力が渦巻いていると思うのだよ」

「まさか、それが車のナンバープレートを」

「ああ。そしてな、ナンバープレートの折れた部分なのだが、ちょうど数字の8が書かれていた部分が曲がっていたのだ。それが何を意味しているのか、お前は分かるか」

「いえ、見当もつきません」

「8(や)が曲がる。や曲がる。やまがる。やまんばがる。やまんばぎゃる。ヤマンバギャル。そう、ヤマンバギャルだったのだ。過去の女性たちが、ヤマンバとなって、私を襲ってこようとしているのだ」

「大変、どうしましょう」

「安心しろ。こんな話を知っているか。昔の事だが、ヤマンバが家に押し掛けてきた際に、お前は豆粒程に小さくなれるか、もし成れるのなら、私をお前の好きにしてよい、と言ったそうだ。ヤマンバは、言われた通りに豆粒になったのだが、その途端、そのヤマンバを餅の中に包めて、飲み込んでしまったそうだ。」

「なんて機転の効くお方でしょうね」

「ああ、そこでだな。私は餅を準備しなくてはらないのだ。餅を持ってきてくれるかね」

「ええ、分かりました」

 そうして、私がお台所からお餅を持って参りまして、主人にお渡し致しますと、主人は、また茶をひとすすりし、餅を頬張ったのでございます。

 めでたし…では、ございません。こんな落語みたいな落ちでは、しようがありません。

 主人がその腹にお納めになられました餅でございますが、先ほどの主人の話から考えますと、その餅の中に何が仕込まれていたか、ご自分の目で観察しない限りは、まさかそんな物が混入されていたとは誰も知らなかった、ということで問題ないのでございましょう。


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