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彼女の記憶

hitabon 
2013.03.01   [日記]



 毎晩のように、同じ女性の夢を見た。彼女は、僕の知っている人間ではなかった。いや、遠い昔に何処かで会ったような気もした。
 何よりも、彼女は死人だった。

 夢の中で、僕は、彼女の生活を眺めることが出来た。歳は25歳くらいで、ふんわりとしたパーマが魅力的であった。朝起きて、歯を磨いて、仕事に出かけ、オフィスワークに勤しみ、家に帰り、風呂に入って、布団に潜り込む。僕は、彼女の全てを観察していたが、彼女からは僕の姿は見えなかった。
 初めは好奇心と共に、卑しいエロティシズムに浸り、彼女をじっと眺めていた。夢でありながら、僕の目の前に映る彼女は、生に溢れており、その上、艶かしく、美しく、可憐でもあった。僕は彼女に夢中だった。夢から醒めた後でも、彼女のうなじにそよぐ、髪の毛一本でさえも、僕は鮮明に再現することが出来た。これほど迄に眠りに付く事を待ち遠しく思えた日々はなかった。

 彼女は、淡いピンク色の小物で囲まれた、小さなマンションの一室に暮らしていた。彼女一人きりであった。僕は元来女性の一人暮らしいう物は、想像の範囲外ではあるのだが、部屋はいつも小奇麗に整えられており、夢の中の僕は、彼女の世界をただ見る事しか出来なかったにも関わらず、その部屋からは、彼女のよい香りがした。部屋の中央に置かれたテーブルには、一輪のチューリップが飾られており、彼女は毎朝、家を出かける前に、小さなコップに数センチだけいれた水を垂らし、何故かは分からないが、5秒間それを見つめた後、玄関へと向かった。
 仕事中は、一切脇目もふらず、机に向かっていた。職場は誰ひとりとしてパソコンを使っておらず、彼女は、紙に書かれた枠線に懸命に数字を書き込む仕事をしていたが、僕にはそれが何なのかは理解出来なかった。
 そして、やはりと云うべきか、社内では彼女に言い寄ってくる男性が多かった。大した用もないのに、彼女の隣まで来ては、無駄な世間話をしたり、社内で手紙を使って、彼女を食事に誘ったり、僕はもどかしい気持ちでそれを見ていたが、その度に彼女は、笑顔でそれを交わし、誰とも距離を縮めようとすることもなかったので、僕も胸を撫で下ろしていた。

 外では笑顔を振り向く彼女であったが、自分の家では、必ずしもそうではなかった。友だちとの些細な電話で気を揉んだり、これは僕も初めは何故そうであったか分からなかったのだが、仕事の上で些細なミスをした時は、家で一人、枕を抱きしめて俯いていたりした。外の彼女しか見ていない男性には、到底理解できない彼女を、僕だけは知ることが出来た。

 いつからだったか覚えていないが、僕にとって彼女は、性としての女性として、見ることが出来なくなった。親友、いや年の近い子供、または僕自信とも言えた。そんな気持ちの変化は、僅かながらな退屈さも感じたが、日々成長していく彼女を見ることが出来る喜びは、何にも勝るものであった。

 彼女は恋をした。ある日、彼女は駅のホームでハンケチを落とした。偶然そこを通りかかった男性が拾い上げ、彼女に渡した。あくる日も、その男性は、同じ駅のホームで彼女の側に経つと、軽い挨拶をした。次の日は、ごく簡単な世間話をした。いつしか彼女たちは、毎朝顔を合わせ、同じ電車に乗るようになった。そして、彼女は彼の会社の前で仕事が終わるのを待ち、一緒に彼女の家に帰り、そして僕が見ている前で、彼女は結ばれた。

 彼女が幸せになる事、それ自体はそれで良いと思った。僕は彼女の世界の何者でもないのだ。ただの傍観者に過ぎない。ただ、僕はどうしてもその男性が好きになれなかったのだ。誓って言うが、それは決して彼女が取られたからではない。彼女は彼女で、その男性をとても誠実な人だと、友人に紹介していたが、僕はどうしてもそうは思えなかったし、彼女が彼の事を見ていない瞬間の、彼の表情には、何か薄気味悪い何かする感じた。

 彼女たちの関係は続いた。僕は、もうそろそろ、この夢は終わりを迎えても良いのではないだろうか、と考えていた。彼女は、僕が観察していなくても、この先一人で人生を進んでいく、そう思っていた。だが、それは違った。

 僕がある晩、いつものように眠りにつくと、彼女は海に来ていた。断崖絶壁の上で、古臭い藍色の車に乗っていた。それは見覚えのある車であった。彼の車だ。だが、彼女の様子がおかしかった。助手席に、手足が縛られたまま座っていた。運転席には誰もいない。車が崖にむかって、じりと動いた。誰かが押している。それは彼だった。何故、こんな自体になっているのか、僕には皆目検討も付かなかった。だが、一つだけ明らかだったのは、彼女の命がもうすぐ終わりを迎えようとしていた。彼がまた車を押すと、前輪が岸壁まで届いた。彼女は目を瞑り何か祈っているようだった。だが、そんな彼女の想いは虚しく、次の瞬間、彼女は崖の下へと消えていった。

 世界がとつぜん暗転すると、何も存在しない暗闇の空間の中、彼女が立っていた。彼女自身もまた、自分が何故そこにいるのか、理解していないようだった。
 彼女は僕の方を見ると叫んだ。

「神様、そこにおいでなのでしょう。どうして私がこんな酷い仕打ちを受けるのでしょうか」

 確信はなかったが、今なら僕の声は彼女に届くであろう、と知った。

「申し訳ないが、僕には分からない」

 彼女はこちらの方を睨みつけた。どうやら、僕の事は完全には見えていないようだが、声は聞こえ、その気配だけは感じ取っているようだ。

「分からないとは、一体どういう事でしょう。私は今まで真面目に生きてきました。不特定の男性とも遊ばず、熱心に仕事にも励み、それこそ社会に貢献してきたはずです。それなのに、何故殺されなければ成らなかったのでしょうか」

「僕もあなたの、その模範たる生活態度は見てきました。まず知りたいのは、何故貴方が殺されたかです」

「それは、私が聞いているのです。私を海に連れて行くと、突然縛り上げ、他に女が出来たから死んでくれ、と。こんな理不尽な事はあるでしょうか」

「全くもってその通りですね。貴方が可哀想であるとは思います。しかし、私はあなたに何もしてあげられないでしょう」

「あなたは神様ではないのですか。私の生活を見ていた、と言ったでしょう。では、あなたはただ私の生活を盗み見ていただけなのですか」

「いえ、決してそんな盗み見て、なんてつもりではなかったのです。ただ、貴方が幸せになると良いと思って眺めていただけです」

「なんて無責任なんでしょう。神様とはよいご身分なのですね。ただ人の生活をせせら笑って、にたにたと見ているだけで済むのですから」

「本当に申しわけない」

「もう済んでしまった事はいいです。それよりも私はこれからどうなるのでしょう。」

「それも僕には分からないのです」

「もし、もし生まれ変われるのならば、お願いがあります」

「僕はそれを叶えられないと思いますが、是非聞かせてください」

「今度は男性として生まれ変わらせてください。もう女性はこりごりなのです。言い寄ってくる男共には、どんなに邪険にしたくとも。笑顔で答えないと、陰で何を言われるか分からないし、社会に出てからは、女性の地位の低さにも、うんざりです。最近は特に男尊女卑の傾向が酷く、関白宣言という最近発売されたレコードをご存知でしょうか。あの歌も酷い内容なものです。挙句の果てには男性の身勝手で私は殺されたのです。私はもう女性として生きたくはないのです。男性として、もっと良い時代に生まれたいのです。そして、もう一つだけお願いがあります。恐らく私は生まれ変わると、今の記憶を全て失ってしまうのでしょう。生まれて直ぐとは申しません。いつか、この今の気持ちを、生まれ変わった新しい私に伝えて欲しいのです。私がどんな無念な想いで、どんな世界を望んで、そしてどうして、生まれ変わってきたのかを、新しい自分に解って頂きたいのです」

「分かりました。必ず伝えます」

「ありがとうございます」

最後にそう云うと、彼女はまた、微笑み、暗闇に消えていった。



それから、僕は彼女の夢を見なくなった。

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コメント

すごっ!

なんか短編小説を読んでるようでした~

最後は怖っ!
前編のまま、見ていたかったなぁ

読みいってしまって目が覚めちゃいました(笑)

あたしは3日間、オッサンの夢をみました
なんか、気分良くなかったなぁ
オッサンには失礼ですがー…

ロメントありがとうございます

私はオッサン好きですよ。
一日中、オッサンを眺めていても飽きないです。
それは、何故かと考えたのですが、オッサンとお産、言葉の響きが似ていると思いませんか?
私も子供を持つ身として、お産というものが、女性にとってどれほど大変な物か見てきました。その場合、男性は基本無力ですね。「女性だけが苦しい思いをして」このような苦言もよく聞かれます。それは反論の余地もないのですが、男性は皆、オッサン(おっ産)になるという、十字架を背負っているのです。
世の女性達から、オッサンと蔑まれながら、我々は生きていくのです。なぜならば、それが男性にとっての"おっ産"だからなのです。
だから、僕は言いたいのです。世界中の全員がオッサンの敵になっても、僕は、僕だけは、オッサンが好きです、とここで言います。言い続けます。そして、僕はオッサン軍団を率いて、世界を滅ぼすのです。
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