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次男日記 -無知と愚かさ-

次男 
2013.02.26   [日記]



 大人は無知である。いま目の前に起きている出来事が、如何に重要な事態であるか、まるで理解が及ばない。
 彼らは、表層的な事象ばかりに心奪われており、人の機微たるものに無縁である。やれ部屋を片付けろ、やれ飯を残さず食べろだ等と、杓子定規な美辞麗句ばかり揃えて、何故その状態に至ったのか、どうしてそれに我が固執するのか、最も重要な事が、完全に抜け落ちてしまっているのである。
 さて、いま私、いや、私と兄にとって重大な事態と云うのは、我らの目の前の、青色のスコップである。

 今日は、朝起きてみると、既に日差しも暖かく、外出するのに適した気温であった。休日という事もあり、父と母は布団の中に沈んだままで、暫くは引き上げるのは無理であろうと思い、兄をゆさぶり起こし、二人で寝室から居間に移ると、直ぐさま服を着替えた。普段の私は、寝起きが悪く、朝起きてもすぐに頭が覚醒しないため、私が居間のかあぺっとの上で、ごろりごろりしていると、母が早く服を着ろ等と、発破をかけてくるのだが、そうであるが故に、今日はいち早く着替えた。兄も私が意図するところを把握し、寝巻きを脱ぎ捨てると、箪笥からジーンズとトレーナーを引っ張りだし、するりと着込んだ。そうやって満を持して、父のところへ行く。
「父よ、起きてくれ。もう朝だ」
父の腕を掴み、その体を引きずり上げながら、声を浴びせた。
「いつまで寝ているつもりだ」
「どうしたんだお前たち。休日だと言うのに、一体、何があった」
父は寝ぼけ眼で、布団に横たわっている熊のぬいぐるみに向かって、懸命に問いただしている。
「父よ、私はこっちだ。それより、外を見てくれ。ここ最近にない、柔らかな日差しが降り注いでいて、今日という日に外に出ずして、いつ出るのでしょうか。それに見て欲しい。我々は既に服を着替え、準備が出来たのだ。普段は自分たちから出来ないそれを、やってのけたのだ。それ程の誠意と熱意をもって、頼み込んでいるのだ」
「しかし、行くと言っても、一体どこに行くのか」
「公園だ。いつもの公園に決まっている」
しぶしぶ顔の父を、朝ごはんが出来るまで、という条件付きではあるが、説得することができ、我々は公園に向かった。

 朝の空気というものは格別だ。昼や、夜のそれとは違い、十分な透明度を持ち、生の活力に満ちている。朝のこの時ほど、期待と興奮に満ち溢れた時はないだろう。今日一日何をしようか、飯は何を頂こうか、夜寝る前はどの本を読んでもらおうか、数え上げると切りがない。
 公園に入ると、やはりそこも輝きに溢れていた。
 「さて、こんな朝から何で遊ぶのかい」
父に答える事無く、兄は既に走り出していた。私も、遅れぬように後を追いかけた。
 砂場である。公園と言えば、大人たちは滑り台やぶらんこと言った遊具を思い浮かべるであろうが、我々の世代にとっての華形と言えば、それに尽きるのだ。そこは、ただの遊び場ではない。特に私のような3歳児にとっては、社交場であり、雄としての力を誇示しなくてはならぬ場所なのだ。我々は何も考えずにただ砂山を築いていると、甚だ見当違いな勘違いをする輩も多いのだが、あれこそ、自分を表現する唯一の武器でもあるのだ。砂山は、ただ大きいだけでは駄目だ。その姿形も問われる。大人達は、砂山と云うと、すぐに富士山を形取ろうとするが、あれは最もみっとうもない行いである。何を作るかではなく、それを作る上での、物語性が問われるのだ。この砂山は、どんな時代背景の元に生まれたか。人々がこの山とどのように接し、暮らしを育んでいるのか。その僅かながらな空間に、歴史を紡ぎ、時間を吹き込み、人の感情を降らせるのだ。出来のよい砂山には、すぐに女の子が群がってくる。そこで、私達は愛を語らい、二人の山を共に築いていくのだ。

 さて、父の言うとおり時間も時間であり、砂場には誰ひとりいなかった。兄は直ぐ様、持参した砂場道具を、地面にぶちまけた。山を築くのに適した、選りすぐりの道具ばかりだ。一流の砂師は、道具も一流であるのだ。
 私は、さっそく山の下地を作るべく、青いスコップに手をかけた。すると、不思議な事が起こったのだ。兄も、同じスコップを握ろうとしていた。
 「兄よ、これは私が使いたいのだが」
 「いいや、今日は僕が使う」
 誠に訳の分からぬ事を喚く兄である。私がそれを使いたいのである以上、それは私が使うのだ。
 「兄よ、聞こえなかったようだから、もう一度だけ申そう。このスコップは私が使うのだ」
 驚くべきことに兄は私を睨みつけてきた。
 「僕が使いたい」
 「兄よ、訳の分からぬ事を言わないでおくれ。弟の私が使いたいと言っているのだから、私が使うのが世の習わしというものであろう」
 「いつもそう言って使ってばかりで、ずるい」
 「ずるいとは可笑しい話だ。私が望む限り、私の思い通りに事が運ぶであろう。何故ならば、世界は私が中心に回っているのだから」
砂山を作る上で、道具とは非常に重要な要素なのだ。私としても、おいそれと兄の要求など飲めぬ。
「絶対に僕が使う」
話にならない、とは正にこの事であろう。今日に限って一体どうしたのか、兄は一歩も引かぬのだ。私は、すこし泣いてみようかしら、と考えた。そうすることで、場を濁し、混乱に乗じ、スコップを手にすることが出来るかもしれぬ、と考えた。だが、きっとそうはならない。つい昨日も、同じ手を使って、兄のおやつのデコポンを奪い取ったばかりなのだ。どうしたものだろうか。
 「今日は絶対に僕」
 「兄よ、ではこうしよう。今日の朝は私が使おう。その後は、兄が使う、それで如何だろうか」
 「今、僕が使いたいの」
平行線である。3年間、私と兄は共に暮らしてきたのだが、これからはもう交わる事はないのだろうか。
 「兄よ、どうしたらよいか、二人で考えてみよう。」
 「考える必要はないのだって。ちょっとお父さん、どうにか言ってよ」

 父は、颯爽とすまあとほんの画面を切ると、西部劇のガンマンのようにそれをポケットの中に滑りこませ、立ち上がった。そして、私達に優しく微笑んだ。

 「ごめん、聞いてなかった」

私達は家に帰った。

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