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僕が見たアメリカの真実 -旅立ち-

hitabon 
2013.02.09   [日記]



 駈け出しのボディビルダーが並んだ写真のように見えた。
 息子二人と妻が、テエブルの向こう側に笑顔で写っていた。
 胸ポケットにそれをしまうと、硬く横幅の狭い椅子に掛け直し、僕は目を閉じた。身体が激しく揺れ始め、頭の中を雑音の塊が転がり周り、いよいよその時が来たのかと、僕は両手を前で組み、首を垂れた。 世界は終わりを迎えようとしていた。今まで経験のした事のない世界、何もかもが通じない世界が、轟音の中から高い靴音を響かせ、目前まで迫ってきていた。

 体の震えが激しくなる。その時がきた。
 体が浮き上がった。空中に解き放たれ、これがそういうものなのだと、僕はすぐに理解したのと同時に、もう後戻りの出来ない事実が僕の全身を焼き焦がした。
 舞いあがったどころではなかった。浮かんだ。僕は浮かんだのだ。
 窓の外の変わりゆく外界は、白い霧を引き裂き、青く深い大地を遠くへ投げやった。

 僕はアメリカへと旅立った。

 2週間前の事だ。一昨年入社した会社で、いつものように仕事と称し、はいだしょうこお姉さんの画像を、広大なネットの底から救い上げては、マイピチヤアに飾る作業を続けていた。
 昨今の企業のIT部門においては、従業員がどのウエブペエジを閲覧しているか、どんな書き込みをしているのか、様々な情報が記録され残されていると知人が話していたが、どれだけ僕がはいだしょうこお姉さんが好きなのか、知りたいのであれば調べればよいであろうし、僕が日替わりで壁紙を変えている事も、是非ともIT部門の面々にも、理解して頂きたいのであった。
 その日、午前中さいごの画像を保存し、白い湯気が蛇のように立ち昇る珈琲に手をかけた時、部長が背後に立った。

「ちょっと話があるのだが、会議室に来てくれるかな」

 有無を言わさず、フロア奥に佇むテエブルと椅子が4脚のみ置かれた、第三会議室へと僕は連行された。この会社では、このように、内容が知らされないまま、唐突に打ち合わせが開催される。10分後、30分後、1時間後、それは突然夜中に歯の痛みを覚えて、これは虫歯の痛みなのか、鏡の前で30分、歯の黒ずみを確認してしまうように、打ち合わせの時間を迎えるまで、僕の心臓に何重にも鎖を巻きつけてくる。そして殆どの場合、僕にとってよくない話しが多い。

「この会社は慣れたかね?」

 お互い椅子に座るなり放られたその質問は、明らかに本題ではない色が滲み出ており、男子力が非常に高く、500マイクロ秒ごとにスケジュールが刻まれている、エリイトビジネスパーソンの僕としては、部長の言葉に適当に相づちをうち、目の前で本日二人でお見合いをしている、その理由を黙って待っていた。

「突然だが、英語は話せるのだっけかな」
「英語、と言いますと、我が日本から離れた、遠い島々で話されているという、あの言語の事でございましょうか」
「ああ、その英語だ」
「答えはNoでございます」
「よし、それだけ意思表現ができれば問題ないな。再来週から一ヶ月アメリカのオフィスで働いてきてくれ」


 その出張の目的はこうであった。アメリカの顧客の会社を訪問し、自社の製品のテストを実施する。現地で起きた問題をすぐに、日本へフィードバックし、対応を顧客と調整しなくてはならない。

「拒否する事は可能でしょうか?」
「しかし、うちの会社の面接の時に聞いたよな。アメリカは好きかって」
「ええ、確かにあの時は、その場の雰囲気もありまして、昔は米軍基地でブイブイ言わせた、以前の会社では珈琲はアメリカンしか飲まなかった、といいましたが、言葉のあやといいますか、
実際のところ、まともに外人と話した事も無いわけでして」
「そうは言っても、他の人は忙しくて手が回らないのだ。まあ、根拠もないが大丈夫だろう」
「がってむ…」

 その後は、僕の与り知らぬところで、話は転がり落ちるように進んでいった。
 アメリカへの往復の航空チケット、アメリカで滞在するホテル、アメリカで移動に使用するレンタカー、会社が瞬く間に全てを手配し、その予約情報が、無味無臭なメールと共に、僕のメールボックスでいざ消化されんと、ごくりと送り込まれて来るのだった。

 この仕事を遂行するに当たっては、交渉力、対話能力等、複数の能力が求められると考えられたが、差し当たって僕に必要であった能力は、英語力だった。
 あの日から、僕と部長は、英会話のトレーニングを続けていた。

「よし、では次、お客様に質問をしたい時は、どうする」
「きゃない あすく ゆ あ くえすちょん」
「宜しい、お客様とも良好な関係が築けてきた。そこで、お客様が自慢の娘の写真を見せてきた。どうする」
「おお しい いず りありい ぷりてい」
「では、帰り際に受付の金髪の美女が、お前を誘惑してきた。さあどうする」
「あいむ そおりい あい まいと はぶ あ わいふ のお あい どおんと いっつ おおけい 」
「じゃあ最後に、相手の話が長い場合は、適当に相づちをうつ必要がある。さあ、やってみろ」
「あ はあ」
「もっとセクシーに」
「あぁ はぁん」
「もっとだ」
「うぅ ふぅん」
「エクセレントだ。もうお前に教える事はない。自信を持ってお客様の元へ行ってこい」

 心なしか、僕の気持ちも晴れ上がり、自信に満ちあふれていた。最後に部長からは、拳銃は相手が抜く前に抜くようにと、再三に渡る指導とともに、帰ってくるまで出張であることを、私のiphoneのメモ帳にメモらせ、icloudで同期させた。僕の方からは、行き帰りの移動時ためのおやつは、経費で全額落ちるのか、バナナは機内に持ち込めるかを確認し、いよいよ敵地へと乗り込む準備が整ってきていた。

 出発の前日を迎えた。
 明日に向け、僕は自宅で、洋服、洗面用具、YesNo枕、パソコンを旅行用かばんに詰め込んでいた。
 息子と妻は、暫く家族から離れる僕を案じ、自分たちの写真を用意してくれた。ただ一つ難点があるとすると、嫁の、ほらお父さんのためにもっと笑顔でと、とり憑かれたように子供達にけしかけるため、彼らの顔には、ある意味で余裕のない、それでいて、極めて好戦的な笑顔であった。

 皆が一段落すると、5歳の息子が、僕の膝に深く座り込み、下から見上げ、尋ねてきた。

「アメリカは遠いの、お父さん」
「ああ、とても遠いな。機関車トーマスに乗って行くとすると、もういつ到着するか分からないくらいの遠さだ」
「それは、すごいね。向こうの人は英語を話すのでしょ」
「よく知っているな、お前ももう少ししたら学校で習うと思うよ」
「うんうん、じゃあ、すぷうんは英語で何ていうのかな」
「それは、すぷうんだとおもうぞ」
「あれ、一緒なんだ、じゃあ犬はなんていうの」
「犬はどっぐだ」
「何処かで聞いた事がある気がする。じゃあ象は」
「象はエレファントだ」
「じゃあ、キリンは?」
「え?」
「ん?」
「…」
「…」

 こうして、僕がこの数日で勝ち得た、僅かながらな自信は、日本の大地へと、大切に残しておく事となった。


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