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いつもと違う帰り道を歩く

hitabon 
2012.04.04   [日記]



 時には帰り道を変えてみると良い。未だ出会う事がなかった何かに、あなたは遭遇する事が出来るかもしれない。

 ある晩の事だ。暗く小さな路地に入って行った。日頃、私が目にしている、煌びやかな街並みとは異なる、暗く湿った空気が、其処等中に籠っていた。
 私はそんな事には構わず、そのなか果敢に掻き分け歩いた。普段は只々喧しいだけの、自動車ののた打ち回るような騒音も、ここに至るに、妙に恋しくなってくる。鼠色をしたびるとびるによって、街のぼりうむは次第に落とされ、いつもと変わらぬのは、びるの隙間からその姿を微かに覗かせる、薄っぺらな月だけとなった。

 ふと脇の小さな階段の暗い影の窪みに目をやると、そこに小さな屋台があった。あった、という表現はこの場合適当ではなく、言葉通り、暗闇の中に現れた。それと同時に、甘く香ばしい香りが突如ただよってきた。醤油の焦げた匂いだ。深海で提灯鮟鱇に群がるように、その店に私は吸い寄せられていった。

 60も過ぎたであろう老人が、白く丸めた餅を、串に刺し、醤油に漬し、真っ赤な炭の上でそれを焼いていた。
 私は、店の前で歩みを止めた。

「こんな場所に店があるとは、驚いたな」

 無造作に刈られた白い顎鬚をさすりながら、老人はこちらを覗き込んできた。

「この路地をお兄さんみたいな人が通るとは、珍しい事もあったもんだ」
「珍しい?」
「そうさ、最後にお客が来たのは、もう何年も前さ」

 そう言うと、彼はけたけたと笑い出した。
 ぱち、ぱちと、炭の焼ける音が、心地よく耳を打った。そうして、幾層にも積み上がっていた私の疑問は、そのめろでいに一瞬で掻き消された。

「とりあえず、それ、一本貰おうかな」
「ああ、はいよ。いま、一番上手い串を焼いているから、ちょっと待っててくれよ」
「いくらですかね」
「お金はいらないよ」

 私は、困った。それと同時に、少し気味悪くも思った。どのような領分でお代が要らない、という事なのだろうか。世の中では、タダより高い物はない、というが。

「かかか、ごめんなさいよ。突然、ただでどうぞ、なんて言われた日には、喉を通る物も、通らなくなるってもんだ」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、分かった。これから一つ問題を、お兄さんに出題しよう。それに答えられたら、お題はタダだ。もし間違えたら、10000円。これでどうだ」
「10000円とは、いやにふっかけますね」
「かかか、そうじゃないと、つまらないだろう」
「分かりました。ここで出会ったのも何かの縁ですし、その勝負受けましょう」
「いい兄ちゃんだね。普通はここで辞めるんだがね。よし、じゃあ問題だ」

 瞬間、冷たい風が背中を通り過ぎた。路地の空気が、先程とは全くの異質な物となる。

「お兄さんの知っての通り、うちは団子屋だ。そこで問題。俺の考えているお団子の代名詞と言えば、何だ?」
「あなたの考えている、お団子の代名詞?」
「さあ、早くしないと、団子が焦げちまうさ。質問は一切、受けねぇからな」
「ふむ…」

 普通に考えれば、答えは人の数だけある。もちろん、お団子から連想される物に限定すれば、対象となる物は、無限大とまではいかない。いかないが、私が先に答えを言う以上、例えそれが正解であったとしても、向こうが不正解だと言ってしまえば、それまでだ。どう考えても、答える側が不利であろう。

…そう、普通の人は考える。
私には確信があった。先程、この老人の"お団子"、と独特の発音をした時から、私には答えが見えていた。

「答えが、分かった」
「かかかか、どうら、言ってみいね」
「答えは、セーラームーンこと、月野うさぎ。お団子あたまだ」

 耐えきれなくなった炭が、火柱を上げ、ビルの隙間に向け弾けた。真っ赤な炎に舐められたかのように、老人の顔面は、吹き出した汗粒で埋め尽くされていた。

「…正解だ。…お兄さん、あんた一体何者だい?」
「名乗る程の者じゃないさ。しいて言えば、正義のタキシード仮面様だ」

 私は、老人から半ば強引に団子を取り上げると、その店を離れた。団子を口の中でくちゃくちゃやりながら、また私は暗い路地を歩いた。
 暫くすると、おれんじ色の灯りが、ぼんやりと私を迎え入れてきた。いつものネオン街に出た。

 もうここは、私がよく知る、いつもの眩しい街だった。恐らく、いま振り返っても、あの路地裏には行けない事は十二分に分かっていたし、戻る必要もなかった。奥歯で小さく砕いて丸めた白い餅を、喉の奥に転がすと、いよいよ、あの暗い世界の記憶は、右手に持つ一本の串だけとなった。
 だがその串も、その見た目と同様に、普通の串と何ら変わりある物ではなかった。その証拠に、私が見つめているだけで、そのメッキは剥がされ、ただの串に変わりつつあった。

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