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街は春先に笑いで溢れて

hitabon 
2012.03.21   [日記]



 その首をだらりと垂らしたかのように、春の肌触りが実感できるようになる頃、"笑い"というものが、またやって来る。私の細胞の僅かな隙間から体内に入り込み、私の中で居心地の良い宿を見つけると、私はそれに反応し、途端に笑い転げる。
 春が、大地の恵みを謳歌するにつれ、次第に街は笑いで溢れていく。この小さい島国である日本から、大海原へと溢れ落ちるばかりの笑いが、学校に、公園に、ショッピング街に、山に、川に、猛烈な勢いで流れだす。誰もがその笑いの虜となり、腹を抱え、涙を流し、唾を撒き散らす。
息子達は、まだその笑いを知らない。彼らが見て、感じて、接する笑い達は、息子達には見向きもせず、笑いに飢えた他の大人達を探し求めるため、今日もこの空の下を徘徊している。
 「なぜ大人だけ笑いを纏えるのか」そう問う息子に、私は答えに窮する。「大人になると笑えるようになる」そう応えるものの、納得には至らない。
 そんな時、私はこんな例え話をする。ある漫才師コンビがいた。ボケとツッコミに分かれた二人は、会場で絶妙な掛け合いを披露する。だが観客も耳の肥えた玄人、簡単には笑わない。そんな雰囲気の中であっても、ツッコミがボケの肩を平手で叩く度に、徐々に会場の、正確に言うならば、漫才を見ている観客一人一人の、笑いが溜まっていく。そしてある瞬間、コップに貯められた水が毀れるように、大きな笑いが渦のように突如巻き起こる。それは止めどなく流れ、一度流れだすと誰も手を負えない。これが笑い。息子はこの話を聞く度に、口元から笑みをこぼし、早くそれが自分にも溢れないものかと、夢現に床に着くのである。
 さて先日、私が帰宅すると、目を赤く腫らした長男が、何やら嬉しそうに、「溢れた、溢れた」と駆け寄ってきた。何事かと妻に問いただすと、その日、公園に遊びに行った長男の笑いが、とつぜん臨界に達したらしい。誇らしげに語る長男に、少し残念な面持でいた私であったが、先程道端で拾ってきたばかりの笑いに堪えられずに、息子と共に玄関で大笑いをしてしまった。
 夕食を頂いている最中も、息子は笑い続けていたが、お茶碗によそわれた白米が残り僅かになった時、どうすればこの笑いが止まるのか、私に尋ねてきた。放物線を描いて私の額にへばりついた息子の米粒を余所に、私は唯、「それは出来ない」と、肉じゃがの欠片を、長男の頬へ負けじと投げつけながら、答えるしか術がなかった。私は、それを聞き悩ましく笑う息子を不憫に思い、悲愴的な思いが頭を駆け巡ったが、やはり笑うしかなかった。
 僕は笑いに不感症だ、そんな事を吹聴してるた知人もいた。もうここ数年会っていないが、彼は今、どうしているだろうか。未だに、彼の頬は緩んでいないのだろうか。笑えない事は、時に人生の損失と同等ではないか、そんな侘しさに浸る事がある。ただそんな侘しさでさえ、春先の頃には、笑いと共に吹き飛んでいく。人間の感情は、笑いと共にごっそりとすくい上げられて、跡には何もなかったかのように消え去っていく。
 笑い。ああ笑い。笑い。これ程、悩ましく、艶かしく、悲しく、私に語りかけてくることか。私には、君を満足させるほどの器量もなければ、資格もないのだ。笑い。笑い。
そんな無力な私は、今宵も窓枠の溝に溜まった、黄色い笑いを眺める。ああ、笑い。春先にこの世界に満ち溢れるものが、笑いではなく、おっぱいであったら、私はどんなに嬉しいものか。

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