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僕の街にゾンビがやってくる

hitabon 
2012.03.06   [日記]



 僕の街には巨大な煙突があった。直径30メートルを遥かに超えるそれは、まっさらな銀色のボディを持ち、日常の空間を異にする科学的な色彩を放っていた。またそれは、街の中心にあるショッピングモールの隣に鎮座しており、買い物に訪れた誰もが、その遥か上の煙突の頂上を見上げた。
 しかし誰一人として、その煙突が何かを知らなかった。黄色と黒の縞模様のフェンスに常に覆われており、さらに不可解な事に、煙突の周りにはそれを管理しているであろう建物もなかった。また煙突から煙が上がっている場面も、誰も見たことがなかった。


1

 ある昼下がり、フェンスの前で煙突を眺めていた僕は、唐突に理解した。一時間後、この巨大な煙突から無数のゾンビが湧き出してくると。どうやって僕がそれを知り得たのか、自分でも謎であったが、どうやら間違いなくそういう事になるだろう。それがきっかけとなり、この世に終わりをもたらす。街の人間を急いで避難させなくてはいけない、僕の中の正義がそう叫んだが、如何せん、もう時間がない。
 僕は、街の外へ向かって、たった一人で、全力で駆け出した。一時間では逃げられる距離は高が知れていた。だが、少しでもこの煙突から遠くへ逃げるべきだと思った。暫く走り、僕は肩を上下に震わせながら、後ろを振り返った。巨大な煙突は、薄気味悪い銀色を放っていた。だが少なくとも、この世の終わりがあと少しで始まるようには、到底見えなかった。それでも、僕はまた走り出した。

 郊外へと続く道路の前で、僕は立ち止った。ここまで懸命に走り続けてきたが、思ったように足が動かなかった。目の前には、住宅街によくある小さな公園がある。中心には、背の高い簡素な時計が建てられており、2:55頃を指していた。あと5分で、それは始まる。
 そんな僕の想いを余所に、空は青く澄み渡っており、心地の良い日差しが、誰もいない公園の黄土色の砂を輝かせていた。僕は、急に不安になった。本当に、あの煙突からゾンビは出てくるのだろうか。僕の勘違いではないだろうか。ゾンビが出てくる事を知っている人間は、今この世界にいるのだろうか。僕はベンチに腰を掛け、もう一度考えてみる事にした。
 なぜ僕が、ゾンビの事を知ったのだろうか。誰かが教えてくれたのか?いや、違う。誰かが話していたのか?いや、違う。僕は、あの煙突の前で、直感的にそれを感じ取ったのだ。正確には、そのイメージが脳の中に湧き出したのだ。煙突の中は、化学プラントと病院が合わさったようになっており、そこにいる何十、何百というゾンビが、あの煙突から一斉に這い上がってくるイメージを、僕は見たのだ。

 公園の時計を再び見上げた。3時丁度だった。どくん、と心臓が跳ね上がる思いがした。遠くにそびえる、あの煙突を目を細めて凝視しようとするが、目が霞むせいと、他の建物が邪魔をしていたせいで、よく見えなかった。だが、街は静まり返っており、公園の砂利を踏みつける僕の足音だけが聞こえた。誰か、人間が来ないだろうか。僕は悩んでいた。いま僕が知っている事、悩んでいる事を、誰かに打ち明けたかった。誰でもいいから、ここに欲しかった。

 僕は公園を出て、歩き出した。すぐに小さな電気屋を見つけた。薄汚れて色褪せたのぼりが店頭に掲げられており、ショーウインドウには、何年前の物か分からない、TVやラジオ、蛍光灯が飾ってあった。店の中に入ってみると、そこには客はおろか店員すらいない。僕の耳に入ってくるのは、どこからか流れてくるラジオの声のみだった。
 聞いたことのないDJが、誰かの人生相談に答えていた。僕はゾンビの話をしないか、聞き耳を立ててていた。嫁姑のトラブル、近隣住民への苦情、いつまでたっても、ゾンビの話題には触れられなかった。延々と続くこのラジオの人間を声を聴いていると、僕は妙にお腹が減ってきた。まだゾンビは街へ出てきていないのだろうか。この放送は録音で、実際の局内はゾンビの情報で溢れ返っているのではないだろうか。僕は様々な考えを、頭の中に巡らせていた。いや、ゾンビが出てきたとしても、ラジオ局に、すぐに伝わるとは限らない。そうだ、ラジオ局はまだ、あの煙突で起きている事態を知らないのだ。僕は店をすぐに飛び出した。

 僕が外に出ると、犬の鳴き声が一斉に聞こえた。懸命に吠えているようだった。それは一匹や二匹ではなく、辺り一面の犬が吠えているような騒ぎだった。僕は、煙突の方角を見た。空が赤黒く燃え上がっていた。


2

 森の中に建てられた質素な小屋の前にいた。トタンの壁面は、錆だらけで至る所が朽ちており、腐った木材の臭いがその隙間から漂っていた。中に入ってみると、30cm程高くなった所に、一畳分の畳が敷かれている。その反対側は、畳半分程度の炊事場があり、一本の蛇口とガスコンロが置かれているだけだった。畳は乱雑に切り刻まれたかのような状態で、僅かにすえた臭いを漂わせていた。炊事場は所々黒い何かにびっしり覆われていたのと共に、完全に干からびている。再び外に出て確認してみると、崖の斜面に小屋は建っていた。辺り一面は林で覆われており、崖の下もまた、林が広がっていた。
 僕は、ここに住んでいた。とても人間が住めるような環境ではなかったが、そんな気がした。どうしてここにいるのか、どうやって生活してきたのか覚えていないが、ここにいたのだ。同時に僕は思い出した。ゾンビはどうしただろうか。一体今は、いつなのだろうか。あの煙突から逃げていた途中までしか、記憶が残っていなかった。

 状況を整理するために、崖の斜面とは反対の、林の中を探索してみることにした。もしかしたら、何かが見つかるかもしれない、そんな淡い期待を抱いていた。
 僕が歩きだすと、背中越しに、かたん、という物音がした。ゾンビだ。僕はすぐに、そこにゾンビがいるのだと確信した。小屋の中で、物が落ちたような音にも人によっては聞こえるかもしれないが、これはゾンビの仕業に違いなかった。僕は小屋へと歩を進める。とても怖かった。ゾンビとは一体どのようなものだろうか?僕を襲ってくるのだろうか?どんな様相なのだろうか?一方で、何よりも僕が知りたかったのは、本当にゾンビはいるのだろうか、という事だった。

 小屋の入り口とは反対側に、窓ガラスが割れ散った窓があった。そこから小屋の内部を伺う。小屋の中は静まり返っていた。恐らくではあるが、こちらからだと丁度陰になる、窓枠の下、または炊事場にゾンビは潜んでいる。息を殺し、小屋の入口へ回った。もう少しでゾンビと出会うことが出来るのだ。僕は恐怖と共に、不思議な昂揚感を覚えていた。ゾンビに恋焦がれていた。ゾンビはどこから来たのだろうか。やはりあの煙突から出てきたのだろうか。どうしてここにいるのだろうか。どうやって生活しているのだろうか。確認したい事は山のようにあった。僕は、意を決して、中を覗き込んだ。

 誰もいなかった。何年も前からここには、人間は誰もいなかったかのように、小屋の中は静まりかえっていた。炊事場を覗いてみた。先程調べた時には分からなかったが、割れた皿に、錆びついた包丁、粉々になった硝子が、流しに放置されていた。ゾンビはどこにいったのか。もしかしたら、全てが僕の空想だったのではないか。ゾンビなど初めから存在しなかったのではないだろうか。僕はその場に崩れ落ちた。
 
 床の上に小さな手鏡が置いてあった。朱色であったろう取っ手も剥げ落ち、全体が黒く汚れていたが、鏡の半分は幸い無事だった。僕はそれを手に取り、そこでようやく理解した。ここにいた。初めからいたのだ。


 そんな夢を、この前見た。

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