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僕が夜中に珈琲を飲む時に

hitabon 
2012.02.04   [日記]



「コーヒーを飲みに行こう」
平日の真夜中、まだ高校生だった僕に、突然父が声を掛けた。驚きもあったが、その理由はすぐに察しがついた。だから僕はただ黙って、月明かりを集めた父の背に付いて行った。

 近所のファミリーレストランで、コーヒーを2杯頼んだ。淡いオレンジ色のライトに照らされた真っ黒なコーヒーを前に、父と僕は、他愛も無い話をする。始めたばかりのアルバイト、学校の成績、将来の職業、こんな時どんな話をすればよいのか、僕には分からなかった。極めて日常的と思われる親子の会話を、僕達は互いに交わした。時折、珈琲をずずと啜る二人の音だけが、テーブルの上にこだました。それでも、その細い会話の糸は途切れることなく、僕達の間を辛うじて結んでいた。
 コーヒーを飲み終える。虫のさえずりを耳に残しながら、いつもの帰り道を、二人で歩いた。
「ここら辺は、昔から何も変わらんね」
 僕がそう呟くと、父は薄汚れたブロック塀を眺めつつ、
「そうだな。ここから通える、頭の良い大学があるといいな」
と、答えた。
「そんな、都合の良い大学なんて、ありはしないよ」
「お前は昔から頭だけは良かったから、どうにかならんかね」
「ならん、ならん」
何が可笑しかったのか分からなかったが、僕達は笑い合った。僕も、父も、笑う事が好きだった。
 
 家に入り、互いの寝室の前で、立ち止まった。
「おやすみ」
そう、声を掛け合った。何年も繰り返してきた挨拶だった。しかしその夜のそれは、特別な意味を含んでいた。もう一言、何か添えるべき言葉を探した。何一つ思い浮かばない。もし見つけられたとしても、恐らく僕は、それを発する勇気もなかっただろう。父も、同じ様に何も言わなかった。そして僕達は部屋の中へ、消えていった。 
 布団に入っても眠る事が出来なかった。コーヒーのせいかもしれない。だが、今夜に限っては、そうではない事は理解していた。どうしてこうなったのか、僕はまたしても考えを巡らせたが、結局答えは何処にも行き着かない。これは父と母の問題で、僕が扱える事柄ではなかった。僕は目を瞑った。何よりも深い眠りが、僕を押しつぶしてくれるのを、只じっと待っていた。 

 朝、目を覚ます。リビングに行くと、父は、もう、いなくなっていた。

 あれから何年も経った。僕は大きくなり、自分の子供を持つようになった。彼らはとても愛おしく、かけがえのないもので、無邪気に僕に尋ねてくる。
「どうして、お父さんは、夜なのに珈琲を飲むの」
僕は、その答えに窮するが、こう答える。
「お父さんの珈琲は、ちょっとだけ酸っぱくて、いっぱい苦い味もするのだけれど、その中に、ほのかな甘みがある、そんな特別な珈琲なんだよ」
理解できない子供達は、僕の珈琲カップを、笑いながら覗き込む。その中には、真っ黒な珈琲の中に、白く丸い蛍光灯が浮かぶ。
 僕は、そんな子供達を眺めながら、あの夜を口の中に流しこむ。

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コメント

No title

訪問いただいて、ありがとうございます。
なんていうのかしら・・・なんだか新鮮です。
またお邪魔させていただきますね。

コメントありがとうございます

ぱきらぐりーんさん
ありがとうございます。
鮮度と生きの良さだけは、誰にも負けません。
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2児(♂5歳、♂3歳)の父親です(プロフィール詳細はこちら)

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