スポンサーサイト

--.--.--   [スポンサー広告]

僕と父が過ごした数カ月間の思い出

hitabon    長男  次男 
2012.01.31   [日記]



 数か月に渡って更新されなかったこのブログを、以前熱心に綴っていた父に代わって、次男である1歳の僕が今回続きを書きたいと思う。
 父が何故ブログを更新出来なくなってしまったのか、僕たち家族にこの数か月間で何が起こったのか、僕の気持ちを整理する意味合いも込めて、順を追って説明していきたい。
 そして、父が大好きだったこのブログを通して、少しでも父の想いを皆さんに届けたいと思う。

 父の異変に最初に僕が気が付いたのは、庭の草木をカラカラに焼き付くすような日が続いた、昨年の8月の最初の週だったと思う。

 真夜中に、あまりの寝苦しさで目を覚ました僕は、白い天井に差し込んだ街頭の灯りを、ぐったりと眺めていた。額から吹き出る汗は、僕の瞼に流れこむと、熱い涙のように頬を伝って枕を濡らした。
 すると突然、父が寝ているベッドの方角から微かな話声が聞こえてきた。一体何事かと耳を澄ます。父の口から言葉が発せられたのは、間違いなかった。ただ、僕の寝ている位置からは、父の顔を覗き見ることが出来ないため、父が起きているのか寝ているのか見当もつかなかった。
 先程の声が幻だったかのように、しばらく静寂に包まれる。湿ったような熱く重い空気が、僕の体をどろどろに溶かすような感覚に襲われた。
 するとまた、蚊の鳴くような父の声が聞こえてきた。母と話しているのかしら、とも考えたが、僕の隣で母は寝息を立てている。
 僕は、誰にも悟られぬように瞼の汗を拭うと、その声に集中した。
「お・・しゃ・・・。おん・・・しゃ・・・」
どうやら父が寝言を呟いているようだが、単語は聞き取れない。
「し・・・ぼ・ぅ・り・・・ゆ・・・」
徐々に、靄のかかっていた父の寝言が明瞭になっていく。それに合わせて僕の意識もゆっくりと覚醒していくのが分かった。
「わたし・・・の・・・ちょう・・しょ・・は・・・」
ダンプカーが通りすぎる轟音が、窓の外から響いた。その音に父の寝言は掻き消される。普段寝言など言わない父であったために、父が何を言わんとしているのか、僕は非常に興味を覚えた。
5秒。10秒。1分。何も聞こえてこない。壁時計の秒針がスライドする音が、やけに五月蠅く感じた。
そして、それっきりそれは聞こえてこなくなってしまった。
 父と寝言について議論を交わしたのは、一体いつであっただろうか。
 そもそも、寝言とは一体何か。夢というものが、自分自身の深層心理を映し出すものならば、寝言とは、人の心理を現実世界へと結びつける、丸い空洞を持つパイプのような物に違いない、と僕は考えている。そのパイプは、何があろうと他人に知られたくない秘め事を閉じ込めた、脳の中の小さな小部屋にでさえも、容易に穴を開けてしまうかもしれない。その人物の寝言を聞くことで、人の心情、時として本人ですら気がついていない想いを汲み取ることが出来るはずであろう。
 だが、この話を以前父にした時、僕とは異なる意見を父は持っていた。
 「寝言、いや、それ以前に夢っていうのはな、必ずしも人の気持ちの、深い所なんか拾ってくれてはいないよ」
 僕、いやそれよりも通説とは違う考えを持った父に、感動に近い深い驚きを覚えた。父の考える心理、夢、そして世界とは一体何だろうか。未だ齢い一歳の僕には経験することも出来ない、様々な知識を、父は持っているに違いなく、その一片に触れられる事を僕は大変嬉しく思った。
 「だってな、もしお父さんの深層心理が夢に出てくるなら、毎日、おっぱいの夢を見ているはずなんだ」
 やられた、その時の僕は即座にそう感じた。その当時、暇な時間があれば、夢と心理についてばかり僕は思考を巡らせていたが、父はそうでなかった。父は、現実の乳房にただじっと向き合っていたのだ。父にとって、乳房は乳房に非ず。現実と夢を結ぶパイプをも必要とせず、夕闇を力なく飛ぶ蝶がそっと降り立つ心のほとりのごとく、乳房は父の中心に柔らかとあるのだ。
 父の寝言が聞こえなくなった部屋の中、僕は暑さと興奮でオーバーヒートした頭を枕の上にもたげた。
 天井に伸びる淡い街灯の光と、部屋の暗闇との境界部分の、薄暗く仄かに黄土色がかったような部分が、僕にはどうしても父が好んでいた乳房の色に見えてしまい、この部屋が現実なのか夢なのか区別が付かなくなった。もしかしたら、今、僕は誰かの深層心理の中にいるのかもしれない。そんな事を考えだすと、少し恐ろしくも思えた。それでも、父にとってはそんな事は微塵にも気にすること無く、この乳房で彩られた世界が圧倒的に現実なのだと考えると、すぐに僕は安堵することが出来た。
 僕は壁時計を一瞥し、夜明けまで時間をどう潰したら良いか、考えることにした。

 真夜中にそんな出来事があったものの、次の日の父は、普段と変わらぬ生活を送っていた。僕自身も、昨晩のそれは取るに足らないものだと思い始め、記憶のゴミ箱へと勝手に流れて行くのに委ねるつもりだったが、その日の父の言葉がそれを押し留めることになった。
 夕食を食べ終えた僕が、買って貰ったばかりのおもちゃで遊んでいると、今までに聞いたことのないような質問を兄に問いかけた。
「お父さんの一番良いところは何かな?」
兄はしばらく考え込み、答える。
「公園でサッカーしてくれるところ」
その答えは、父を納得させるには至らなかったようで、父は右手を顎の下に当て、目を伏せてしまった。暫くして、僕に対して尋ねてきた。
「なあ、二男。お父さんは、この家族を統率出来ているかな?」
質問の意図が全く理解きなかったが、父の機嫌を損ねる事もないと考え、「出来ているのではないか」と手短に答えた。
「そうか、出来ているか。じゃあ、リーダーシップは抜群だな」
そう呟くと、買ったばかりの真っ黒な手帳に、何事かを父は書き込んでいた。その手帳は、近所のショッピングモールで先日購入したばかりのものだった。
 以前まで父が使用していた手帳は、CAMPUSと書かれた小さな青い手帳で、1ページに1人ずつ、アイドルのスリーサイズ、生年月日、好きな納豆の種類、足の踝(くるぶし)の形等、その女性に纏わるプロフィールが、細かな文字で、びっしりと書かれているものだった。とりわけ踝に関しては人一倍熱心であり、以前僕が父にその理由を尋ねると
 「お前にはまだ難しい」
と、何度問いただそうと、最初は取り付く島もなかった。それから数週間が経ち、縁側で二人でお茶をやっている時に、ついに観念したのか、僕にこっそりとその理由を教えてくれた。
「いいか、踝っていう漢字を見てみろ。裸って漢字に似ているだろう。なんだか踝という文字を見ているだけで、どきどきしてくるんだ」
「父よ。理由は分かりました。ただ一つ質問があります。父は、裸が好きなのか?踝が好きなのか?どちらなのでしょうか?」
「ああ。今は黒いタイツから、うっすらと浮かび上がった踝が一番かな」
そういうと、父は顔を少し赤らめて、煎餅をばりぼり口に押し込んでいた。
 そして、その古い手帳はただ踝の事を書き込むだけではなかった。手帳に記されたアイドルがTVの画面に映し出される度に、手帳と女性の顔に視線を交互に移しながら、僕達では立ち入ることが出来ないような、知と美が調和された楽園へと父は誘われていくのだった。今までの父にとっての手帳は、美しい音色を奏でる楽器のようなものであり、すなわちそれは心の平安でもあったのだ。
 一方、新しい黒い手帳は、父が好む世界への架け橋としての役割はなかった、と傍から見ていた僕は感じていた。その手帳に何かを書き込む際には、腐ったらくだのような表情をいつもしている父が、厳かであり、そして取り分けいつも険しい表情をしていた。そこには暗くせせこましい何かがあるのだと、その時の僕は考えていた。そこまで父を追い込むような手帳ならば、いっそ消え失せればよい、と考える事もあったが、光あるところに陰があり、時には苦心も人の心を耕すのに必要であろうと考えて、僕は一切口を出すことはなかった。ただ、父が
 「水をくれ。ワーター、プリーズ」
と叫ぶ時には、南フランス産のperrierをこっそりと渡すような、僅かばかりの心遣いのみ気を付けるようにしていた。

 9月に入ったが、夏の日差しは一向に収まらず、じっとその暑さを毎日僕は耐え忍んでいた。そんな折、父の行動に決定的な変化があった。
 月曜日の朝、普段ならとっくに会社に出掛けてもよい時間にも関わらず、家の中でぶつぶつ父は呟いていた。
「お父さん、今日は会社へ行かないの?」
僕が問いかけようとした矢先、兄が尋ねた。
「はい、今日は行きません」
父の声のトーンがいつもより高かったのを、今でも僕は覚えている。いつになく滑舌が良く、そして何故か、余所余所しかった。
 それから一時間が経った。今日は家に居るものだと思った父が、突然立ち上がり、皺一つないスーツを着込んだ。
「やっぱり、会社に行くの?」
兄が怪訝そうに尋ねる。なぜこんな時間に父が出社するのか、僕にも見当がつかない。
「今日は遠い会社に行ってくるんだ」
「遠い会社って?電車に乗るくらい遠いの?」
「そう。普段は歩いて会社に行っているけど、今日の会社は電車で行くんだ」
「ふ~ん、そう」
今日は遊んでもらえないと察した兄は、電動の新幹線の玩具を取り出しながら答えていた。
 その日の夜、誰が見ても明らかなほど、父の顔付きは疲れ切っていた。何を問いかけても上の空で、風呂に一緒に入った際は、
「おんしゃがぁ、おんしゃがぁ」
と、口を浴槽のお湯の水面に持っていき、ぶくぶくさせながら、浮かんだり沈んだりしていた。兄は、それが新しい遊びだと理解したらしく、懸命に父の真似をしていた。二人でぶくぶく、水面を揺らす。僕が父に、
「いい加減、早く風呂を出た方がいいのではないか?」
と問うと、巨大な魚が海面から飛び出したかのように風呂から上がり、
「それでは失礼します」
と一言発した後に、風呂場のドアを開け、水しぶきを撒き散らしながら出ていった。
この頃になると、僕はようやく理解してきた。今までとは違う、困難な出来事に父が遭遇しているのであろう事に。そして、日課であった"はいだしょうこ"の写真を、パソコンの前でロシアンティーを口にしながら一時間眺める時間も持てない程、忙しい状況に陥っている事に。そんな父の疲れを少しでも癒すことが出来たらと考えた僕が、父とはいだしょうこゲームをやっても、「はいだ」「しょうこ」「スプースプー」と、元気よく声をあげる兄や僕とは対照的に、「しょうこぉ」「しょうこぉ」と力ない事で、亡くなった恋人を想うのか、はたまた一昔前の修業を思い起こさせるような、そんな声しか上げる事が出来なかった。
 
 こうして、夏が終わりを迎えようとしていた。父にとって、この夏は生涯忘れられない夏であったろうと、振り返ってみると僕自身はそう感じている。父は、あの時、何を考えていたのだろうか。今となっては、分からない。将来僕が、はいだしょうこを好きになるくらい成長した時、僕が父と同じ立場であったら、父と同じことをするのだろうか。それも今は、分からない。
 そして、淡く輝く和紙に水が染み入るように季節が秋へと移っていき、父のあの言葉を発端として、僕たちに家族にとっても忘れられない時を刻み始めることになる。


 9月の終わり、庭に置き去りにされた赤いバケツが、月明かりをあつめる。
父が、家族全員を居間に集めた。
「みんなに話しておく事がある」
我先にと父の真正面に兄は座ると、父の次の言葉を待っていた。母は、僕と兄の方を向いて、父の隣に座っていた。どうやらこれから父が話す内容を、母だけは把握しているようだった。
「お父さん、会社、変わります」
「なんで?」
間髪入れずに兄が問い返した。いつもは間抜けな質問しかしない兄が、この重要な場面において的を得た質問をしたことに、僕は痛く感心した。
「やりがい?を求めて?的な?」
一昔前の若者振った話し方に、若干の苛立ちを覚えたが、僕は黙って続きを聞いた。
「今までかまいたち…お前達には黙っていたが、転職活動をしていたのだ。そして、ようやく昨日、新しい会社から内定を頂いた」
父が一呼吸置いたところで、僕が尋ねた。
「新しい会社はどのようなところでしょうか?従業員数は?規模は?資本金は?そして年収は?」
「まあまあ、落ち着け、次男。今夜はお父さんが、どうやって新しい会社に決まったか、ゆっくり話してあげよう」
こうして父の話が始まった。
 ここから先は、僕が覚えている限り、父の言葉に忠実に書き記したいと思う。
 
~ここから父の話~
まずだな、新しい会社へ入れてもらうには、その会社へ面接に行かなくてはいけないんだ。ただ、面接へ行くのにも、今の会社を休んで平日出掛けなくてはならなかったり、非常に大変だったんだ。どんな出来事があったのか、お前たちに教えてあげよう。
新しい会社は、ここから電車で一時間半かかる場所にあるんだ。何回も電車をのりつぎしなくてはいけなくてね。うん?ノリスケじゃなくて、のりつぎだ、長男。そして、お前たちも知っている通り、お父さんは今の会社へは毎日徒歩で行っているから、電車には全く乗り慣れていないんだよ。
 新しい会社での役員面接の日、うん?やっくんめんそーれじゃなくて、役員面接だ、長男。簡単に言うと、会社で偉そうにしている人と密室で猥談をする、そんなイベントだ。お父さんはな、電車の乗り継ぎに失敗して、途中の駅であと一本電車を乗り間違えると、面接の開始時間に間に合わない、という状況になったんだ。まあ、ここまでは、よくある事かどうが分からんが、普通に起こり得る事だな。そして、新しい会社へと向かう、最後の電車への乗り継ぎの時に、それは起こったんだ。
 目の前に淡い青色のシャツを着たお爺さんが、大きな荷物を持って、駅のホームから改札口へと続く階段を下りていたんだ。お父さんは、今まさにホームにやって来る電車に乗るために、階段を上がっていた。そうしたら、その老人が、突然足を滑らして階段から、そうだな、確か3段位だったかな、転げ落ちてしまったんだ。お父さんは、慌てて駆け寄ろうとしたが、運悪く、お父さんが乗る電車がちょうどホームに来てしまった。痛そうに足をその老人は抱えていてね。周りには誰も人がいない。その人を助けられるのは、お父さんだけ。でも、助けたら、間違いなく電車には乗れず、結果として面接にも遅れてしまう。
 究極の2択、って昔流行ったのだが、まさにそんな感じだったかもしれないな。まあ、あくまでも、それは普通の人にとっては、だ。お父さんは、迷わずその老人に駆け寄った。そして、駅の医務室まで一緒に行ってあげたよ。その老人はとても喜んでいてな。何かお礼でも、と何度も言われたが、これから大事な用事があるので、と言って、すぐにホームへとお父さんは戻ったんだ。
 面接は間に合ったのか、だって?もちろん間に合わなかったよ。会社の役員様様達を30分は待たせてしまったかな。面接の内容もひどいもので、「時間を守れないような人間が、わが社でどのように貢献して頂けるのでしょうか?」なんて質問されてな。でもな、お父さんは言い訳しなかったんだ。あの老人を助けたのは、お父さんの意思であり、助けた時点で面接に遅れるという結果も分かっていたからだ。
 一時間を予定していた面接も、30分位過ぎた時点で、「もう本日はお引き取りください」って言われる始末で、どう考えても面接には受からないと、その時お父さんは思ったよ。そしたら、突然面接をしていた部屋のドアがノックされてな。部屋の中に秘書の女性が申し訳なさそうに入ってくると、「会長が是非、一緒に面接をしたいとご要望です」と小声で役員達に話していたんだよ。お父さんは、正直もうどうでもよかったよ。なぜなら、今日の面接はもう失敗、この会社とは縁がなかったと、確信していたから。そして、役員からお父さんに会長が面接に加わる旨を伝えられてな、もちろん了承したよ。最後に、お父さんが入れなかった会社では、どんな人が会長をやっているのか見るだけ見ておこうと思ってね。
 1分くらいしたかな、面接室のドアが再びノックされたんだよ。そして、会長が部屋に入ってきた。
 お父さんはね、その時、心臓が止まるくらいびっくりしたよ。え?何でかって?何故かというと、
 その会長が、全然見たこともない人だったからだ。お父さんも、あれ、おかしいなぁと思って、「御社に淡い青色のTシャツを着た会長はいませんか?」と聞いたら、いない、って言うんだよ。おかしいなぁ、そんな訳ないのになぁ、と思って「駅で階段から落ちた社長、役員、重役はいませんか?」って聞いたんだ。それもいないって言うんだよ。きつねにつままれたような気分だったんだけどね、お父さんもここまできたら引き下がれないから、「では、社員、またはその親族では?知人では?同じ市町村に住んでいる人では?」って聞いたんだ。やっぱり不思議な事に、そんな人は誰も知らない、って言うんだよ。そんなやり取りがあった後、その会長がお父さんに言ったんだよ「きみ、不採用」って。
~ここまで父の話し~

天井の灯りを見つめていた父が、口の奥から息をほろりと吐き出した。
「ごめん、今の不採用だった会社の話しだった」
あまりに壮絶な経験に、僕は声も出なかった。兄は、口を大きく開け石造のように固まったまま、父の顔を凝視していた。一方、母は、部屋の隅に体を反らし、白いハンカチを目頭に添えていた。
 父が僕達の方を向き直し、優しく説き伏せるように話しだした。
「今度こそ、新しい会社に入るにあたって、何があったか、話してあげよう」

~ここから父の話~
面接での受け答え、というのは非常に重要であり、最も難しいところなんだ。転職は、書類審査と面接で決まる訳だが、面接の比重が非常に大きいんだよ。どんな出来事があったか、お前たちに教えてあげよう。
面接というのは、コミニケーション能力を見る場であったり、人柄を確認する場であったりもするんだけど、何よりもまず面接は、自分をアッピールする場所なんだ。うん?アッパーカットじゃない、アッピールだ、長男よ。自分はどんな能力があってどんな事がやってきたのか、その会社でどう活躍していけるのか、たったこの二点をだな、向こうから聞かれなくても、積極的にこっちから伝えていかなくてはいけないんだ。また、相手も面接のプロだからね。他の人と同じような事を話していたのでは、全く相手の印象に残らない。うん?飲尿じゃない、印象だ、長男よ。簡単に云うとだな、面接中に、面接官にウインクしたり、淋しい熱帯魚を歌い出したりしてみて、相手の印象に残ったもの勝ち、ってことだ。まあ、嘘もすぐバレてしまうし、音程がはずれてもすぐにバレてしまう、だからこそ誠実に自分の言葉で語らなくてはいけない。
新しい会社の面接は、現場面接の後に、最終面接として社長との面接があったんだ。面接は終始、お父さんのペースで進んでな、これはいける、って考えていたんだ。だけどな、面接の最後になって、社長がお父さんにこんな事を聞いてきたんだ。「あなたは、仕事と家族どちらを選びますか?」ってね。
なかなか難しい質問だな。取り分け今は面接中だ。正しい答えに悩んでしまだろう。まあ、あくまでも普通の人にとってはだ。お父さんは、迷わず答えたよ。「家族より、大切なものなどありはしない。仕事なんかとは比べようもない。こんな下衆な質問をするなんて、失礼だ。退席させてもらう」とね。もうね、お父さんは、社長の顔を直視しながら、きっぱりと言ってやったんだよ。そして、お父さんはすぐに立ち上がって、部屋を出ていこうとドアノブに手をかけたんだ。
お父さんはね、その時、心臓が止まるくらいびっくりしたよ。え?何でかって?何故かというと、
その社長がね、お父さんが部屋を出ていくのを止めてくれないんだよ。あれぇ、おかしいなぁと思って、「ほんとに帰ってしまいますよ?引き止めるなら今のうちですよ?」って聞いたら、どうぞお帰りください、って言うんだよ。おかしいなぁ、そんな訳ないのになぁ、と思って「本音でぶつかってくれる、一風変わってるけど、誠実な社員を実は探していた、っていう裏のテーマがあったのなら、引き止めるなら今ですよ」って聞いたんだ。それでも、お帰り下さい、言うんだよ。きつねにつままれたような気分だったんだけどね、お父さんもここまできたら引き下がれないから、「過去に、家族より仕事を優先したせいで不幸になった、逸話、ドラマ、小説を読んだ事はありませんか?面接で破天荒な振る舞いをしたサラリーマンが、後にその会社で出生していき、会社を倒産の危機から救うって話を見たことはありませんか?」でも、不思議な事に、そんなものは知らない、って言うんだよ。そんなやり取りがあった後、その社長さんがお父さんに言ったんだよ「きみ、不採用」って。
~ここまで父の話し~

窓の外で青白く照らし出された稲穂を見つめていた父が、ゆっくりと頭を垂れた。
「ごめん、今のも不採用だった会社の話しだった」
 家族を想う父の気持ちに、僕は激しく胸を打たれていた。兄は、両手の拳を握りしめ震えていた。一方、母は、ともすると聞き逃してしまう程の嗚咽と共に、肩を揺らしていた。
 父が僕達の方を向き直し、優しく説き伏せるように話しだした。
「じゃあ、本当に新しい会社に入るにあたって、何があったか、話して上げよう」

~ここから父の話~
面接は、基本的に向こうから質問をされ、こちらが答えるんだ。だけどな、必ず最後に「何か質問がありますか?」と、逆にこちらから質問出来る機会が与えられる。
この質問も非常に重要でな。従業員はどのくらいですか?とか、会社のHPを見れば分かることを聞いてはだめだ。その会社への勉強不足で熱意がないと受け取られてしまう。うん?殺意じゃない、熱意だ、長男よ。また単純な給料のはなしもNGだ。仕事の内容より、お金の事しか考えていないと受け取られるからな。
やはりここでも重要なのは自分のアッピールだ。相手に質問しているようで、こちらの武勇伝を相手に伝えなくてはいけない。うん?美乳大好きじゃない、武勇…え?そんな事言っていない?ごめん、長男。その会社で、自分の能力がどういかせるか、相手の会社と擦り合わせていくんだ。
新しい会社の最終面接で、お父さんも面接官から、「何か質問はありますか?」と聞かれたんだ。
さっきも言った通り、予想通りの展開ではあるんだが、もう面接も終盤だと思うと、気が抜けてしまう一面もあるんだ。まあ、あくまでも普通の人にとってはだ。
お父さんは微塵も油断しなかった。その時のお父さんは面接に関しては百戦錬磨だ。おまけに、前日にその会社のHPを熟読してきたからな。お父さんは、まずこう面接官に聞いた。
「御社のHPを拝見致しまして、風通しの良い会社とありましたが、建物の構造上、立て付けが悪かったりするせいで、隙間風が通り抜けていないでしょうか?」この質問は、我ながらいい質問だと思ったな。もう自分が相手の会社で働いているビジョンまで明確に打ち立てて、その上で改善提案をしているんだからな。面接官はすぐに「調査しておきます」と言って、何かメモっててな。これは好印象だと思ったよ。
さらにお父さんは質問を続けたんだ。
「アットホームな社風とありましたが、昼寝をする場合、昼寝用ルームはありますでしょうか?あと私はよくダイエットコーラを飲みますが、冷蔵庫に常備していますでしょうか?TVはBSとCSは見れますでしょうか?」この質問も素晴らしかったな。福利厚生の確認をしつつ、働きやすい職場環境に関して言及しているんだからな。面接官も「確認しておきます」と一言いってたな。
もうこの時点で、この会社は受かったな、と思ったけど、お父さんは慎重派だからな。最後にもう一つ質問を被せた。
「社員同士の交流が盛んとありましたが、それは俗に言います男女の関係でいうところの交流がお盛ん、という意味で受け取ってもよろしいでしょうか」うんうん、これも良いところを付いているよな?社内コンプライアンスの確認をしつつ、素敵な出会…いや、お父さんはもう出会いはいらないんだ。ほんとだ、ほんと。まあ、この質問に関しても面接官は「その件は、社内に持ち帰ります」と言ってくれた。
まあ、こんなやりとりがあった後、何故か面接官は考え込んでいたんだ。お父さんの事を採用するか悩んでいたんだろうね。まあ、悩むのはしょうがない。人間だから。
 だからお父さんは最後の一押しをしてあげたんだ。「You!!Meを採用しちゃいなYO」ってね。
そうしたら、面接官が急に立ち上がって、お父さんにラップバトルを挑んできたんだ。
「俺の仕事は採用(Yo)。人員募集は急用(Yo)。だから急いで採用(Yo)。だけどお前の言動面妖(Yo)!Yeah」
面接室に、軽快なサウンドが鳴り響いた。
「御社に俺は必要(Yo)。俺の能力、重要(Yo)。だからすぐに採用(Yo)。秋はみんなで紅葉(Yo)!Yeah」
お父さんは一歩も引かない。まさに命を懸けた真剣勝負だったんだ。
「ちぇけら、ちぇけら、ちぇけら、ちぇけら(間奏:面接官)」
「おーいぇ、おーいぇ、おーいぇ、おーいぇ(間奏:お父さん)」
引き続き、お父さんのターンだ。
「こんな俺の在り様(Yo)。俺は御社の栄養(Yo)。いつかは目指すぜ太陽(Yo)。今日は楽しい金曜(Yo)!Yeah」
その後、5秒くらいだったかな。お互い無言のまま、リズムだけが、部屋にこだましていたんだ。
そうしたら、面接官の口元が少し緩んだんだよ。
「お前の経歴凡庸(Yo)。だけどお前のラップに動揺(Yo)、うちの会社は寛容(Yo)。だからお前を採用(Yo)!Yeah」
そう、お父さんは認めてもらえたんだよ。
「お前の決定、採用(Yo)。こんなに嬉しいことはない(Yo)。だからお前と抱擁(Yo)。マグロの捕獲は遠洋(Yo)!Yeahhh」
「YO!Men!(締め:面接官)」
「YO!Men!(締め:お父さん)」
~ここまで父の話~

話を終えた父が、肩を撫で下ろし、溜息をついた。
「こんなやり取りの末、お父さんは、新しい会社への採用が決まったんだ」
緊張で張り詰めていた空気が、部屋一面へ四散して消えていった。兄は、両手の中指を直角に曲げ、人差し指と親指を突き立て、「Yo、Yo」と騒いでいた。母は、父の話が終わると、箪笥の上に飾ってあった花瓶を取り上げ、音も無く台所へ消えていった。
 僕は、考えていた。父のこの数か月間に、何があったのかを。父にとっては、筆舌に尽くし難い苦労が、幾度となく立ち塞がった事であろう。それでもなお、父は、自分の目指すべき将来へ向け、歩を進めた。それは、家族がいたからこそ出来た事ではないだろうか。僕はそう思った。
 父は言っていた。
「お父さんは、お前たちの無限に広がる将来を支えてやりたい。だけれども、お父さんの人生も、まだ終わっていない。みんな、これからだ」
父は、何事にも努力を惜しまなかった。この数年、僕や、兄、母が寝室へ入ると、ただ一人、英会話の勉強をしていた。論理的思考技術について勉強をしていた。中国語会話の勉強をしていた。アダルトサイトで如何にフェイクのリンクを踏まないか勉強をしていた。スカートの短いアイドルがTVに映し出されると、TVの下から中を覗き込もうと画面にかぶりつき、そして悔しがっている父だが、きっといつか、その努力によって覗ける日が来るのであろう。
「ほうら、やっぱり白だった」
そう、屈託のない笑顔で語る父を、今の僕なら、容易に想像する事が出来た。
 そして、長い話を終え、外の灯りをおぼろげに見ていた父の姿を、僕はその夜だけ、いつもとはちょっと違った、特別な眼(まなこ)で、しばらく眺めている事ができた。

 父の転職活動が契機となり、今度は、僕や、兄、母にとって、試練の日が続くことになるだろう、とその時の僕は頭の片隅で考えていた。
 だが現実は、僕の想像以上だった。


 10月の終わり、僕達家族は、父の新しい会社の近隣のアパートへ、その住まいを移した。何故かというと、今まで住んでいたアパートからでは、父の通勤に時間がかかり過ぎるためだ。
 いま、この日記は、新しい住まいで執筆している。ここに至るまでには、幾多の困難が僕達家族に対して吹き荒れた。どうにかして、この日記を読んでいる方々に、どんな出来事、事件があったのか、詳細、かつ克明にお伝えしたいのだが、それをするには、僕の言葉だけでは、恐らく足りないであろう。
 ここに一遍の手記がある。母が綴ったものだ。新居において、ダンボール箱から荷物を取り出している際に、僕が偶然見つけた。何日か分の日記形式になっており、その始まりは、7月の終わりだった。まさに父が動き始めた時期であり、新しい会社が決まり、新しい住まいが決まり、引越しの日時が決まり、そして引越しを行うその日までの、母の想いが、僅か数センチメートルの厚さのノートに、眩いばかりの純度で残されていた。母の考えの深さというものは、陸地の見当たらない海の最も深いところにあるかのようで、僕や、おそらく、兄のそれをも遙かに凌駕しており、母に隠れてこれを最初に目にした時には、あまりの悲壮さに、歓喜に、憤激に、ページを一つ進めようとする度に、僕の心臓には冷たい鉄の塊が、流れこんでくる思いがした。しかし、それを最後まで読むことが、父や母の、家族に対する思いを理解するための、重要な道標であると感じたし、ある種の義務感のような物が、僕の感情を管理している何者かを支配してしまったようで、ページをめくるその指先を、僕は止める事は出来なかった。
 以下に、その手記を書き写す。僕達、家族に何があったのか。今まで記してきたような僕や、父とは異なった、母だけにしか知り得なかった真実に、皆様にも触れて頂きたい。


~ここから母の手記~
本日は、とても大変な出来事がございました。会社から帰って参りました主人が、いつもは腐った狸のようなお顔をなさって、魂を少しずつ蒸発させていらっしゃるような感じなのですが、本日にいたっては、玄関の扉をお開けになるなり、私に向かって、
「大事な話がある」
と、おっしゃいました。とても神妙な面持ちをしておられ、私もすぐに、これはただ事ではないと、感じとることが出来ましたので、
「はい、分かりました。それでは、先に子供を寝かせて参ります」
と、お伝え申し上げまして、まだ小さい子供達を、いつもより一時間ほど早く、寝かせつけました。
 その日は、子供達も、何かを察したのでしょうか、非常に聞き分けよく床に着きまして、30分もしない内に、二人とも深い眠りにつきました。
私は、急いで着衣を整え、手短に髪を結い直しまして、主人がお待ちになっている居間に戻りました。
「大変、遅くなりました。お話とは何でございましょうか?」
「まあ、そこに座ってくれ」私は促されるまま、主人の前に座りましたところ、「思い出してみると、結婚して5年、真面目な話し合いをする機会も、あまりなかったように思うな」
そう、主人が仰るので、
「そうでございましたでしょうか」
と、私は軽くはぐらかしました。主人は、私の心情を知ってか、知らずか、幽かな笑みを浮かべると、
「まあ、今までのことはよい。大切なのは、これからだ。そ、それでだな、」
主人は心なしか緊張なさっているようでした。ますます、これは一大事だと思いまして、私も今一度姿勢を正して、主人の次の言葉をお待ちしておりました。
「ええとな、こんどだな、お、俺は、」
そこまで口にされると、かのアメリカ空軍少佐が相手が飛び込んでくるのをしゃがんで待つかのごとく、次の言葉をじっくりとお貯めになりました。思わず、私も息を飲みました。
そして、意を決したのか、主人は口をお開きになり、
「だ、だんしょくするぞ」
と、おっしゃいました。男色とは何事かと、すぐに聴き直そうと思いましたが、もし本当に主人が男色であるならば、この告白は相当勇気が必要であった事は明らかでありまして、私が聞きなおして同じ事を口にさせる事も、とても野暮な振る舞いかと思いましたので、
「男色とは、それはようございましたね」
と、お答え差し上げました。すると、お慌てになった主人が、
「だ、男色じゃない。て、転職だ」
そう、頬を赤らめ、懸命に弁解なさいました。頬を赤らめた主人は、男色家そのものに見えまして、先ほどの告白はお間違いではなかったのかも、と心の底では思いましたが、これを口にすると、主人は気分を損ねかねないため、
「それは安心致しました」
と、男色の話か、転職の話か、どちらに安心したのか、よく分からないお答えを私自身がしてしまったものですから、途端に可笑しくなってしまい、神妙な面持ちをした主人の前ではあったのですが、くすりと笑ってしまいました。
それから私は、幾つか質問をしなければなりませんでした。
「転職をされるということは、何かやりたい事を、お考えになっているのでしょうか?」
すると、主人は下を向き、何かを考え込んでしまいました。私としましても、どうしたのかしら、と心配に思っておりますと、
「特にない」
そう、おっしゃいました。私はすぐに分かりました。ああ、この人はなんて愚かなのであろう、と。やりたい事もないのに、何故、職を変えようとお考えになったのでしょうか。
「やりたい事は、これから決める。だから、お前たちは俺についてこい」
今度は、主人はそうおっしゃいまして、近年稀に見るような精悍な顔つきをしておりました。ですが、頼りない事この上ありません。道端に生えている雑草ですら、太陽を目指して成長しておりますのに、主人は一体どこへ向かおうとしておられるのでしょうか。未だ土の中で眠っている種子、いえ、種の状態で、お腐りになろうとしているのではないでしょうか。
 どうして、こんな主人に私達家族が、付いていくことが出来ましょう。私はこれ以上、何と申してよいか分からなくなりました。そうは言いましても、私とて、この主人の妻を、五年間もの間、努めさせて頂いております。愛情は、既に微塵もございませんが、泥にまみれた薄汚い野良犬に、情を掛ける位の、心の余裕は持ち合わせているつもりでございます。
「分かりました。この先も、あなたにお仕え致します。」
と、お言葉を差し上げました。
 主人はそうしますと、パソコンに向かいまして、占いのサイトをお開きになりました。しばらく何かを、恐らく自分のプロフイールだと思いますが、パソコンに入力しておりまして、その後すぐに、ご自分の占い結果を、目を見開きながらお読みになられると、強い口調で、私をお呼びになりました。
「おい、俺のラッキーカラーは、白らしいぞ。医者になれるぞ」
もう、本当に馬鹿者です。平凡なサラリーマンが、如何様にして、医者になど、突然なれるのでしょうか。医者になるよりもまず、お医者に見て頂いた方が宜しいと、感じてはおりましものの、
「家族が、病気になりましても、すぐにあなたに見て頂けるのであれば、心強く思います」
そう言いますと、主人は、「ふふん」と鼻をお鳴らしになりまして、寝室へと向かわれました。
私も、電気が付けっぱなしのパソコンを、すぐに終了させまして、寝室へ向かいました。
 その夜は、中々眠りに着くことが出来ませんでした。目を瞑りますと、子供の顔が浮かんでしまい、この子達が不憫で、私の目からは、薄い涙が止まりませんでした。いざとなったら、この子達だけでも私が守らねば、この世には、可愛い我が子と、素敵なお屋敷と、使え切れない位のお金と、真新しい高級車、これだけあれば、もう何も望まない、そう心に固く誓いまして、夜が明けるのを、只々待っておりました。

 それから、数日が経ちまして、ふと主人がパソコンで何をされているのか覗いてみましたところ、心変わりをされたのか、現在と同じ職の求人を、懸命に探しておりました。私も一安心しまして、お出ししようとしておりました毒が入ったお茶、せめて保険金だけでも頂こうと思いまして用意しておりましたお茶なのですが、そのお茶は主人には出さずに、流しへと、捨ててしまいました。


 8月に入りました。主人の転職活動も、本格的に始まりましたようで、毎週のように、様々な企業にアポイントメントを御取りになりまして、面接に向かわれているようでした。
 私としましては、特に変わらない日々を、只々悠々と、過ごしておりました。時折、主人の転職活動に発破を掛けようと思いまして、
「隣のお家に住んでいらっしゃる奥さまは、ジャガーにお乗りになっているらしいですよ。私たちも、そうなりたいですね」
と、申しましたところ、主人は、
「え?横田?誰?」
そう、怪訝な顔してお答えになられ、馬鹿なのか、自分の事で手一杯なのか、私には汲み取ることが出来ませんでしたが、兎に角、話が通じませんでしたので、私としましては、主人の事は暫く放っておく事に致しました。
 ここ数年、大変厳しいご時世です。主人の転職活動も、当初描いていたようにはお進みにならないようで、面接が上手くいかなかった夜は、夢の中で魘(うな)されておりまして、その声が真夜中の寝室に響きますと、取り分け音に敏感な次男の睡眠の妨げにならないかと、心配になります。主人の口と鼻に、詰め物でも差し込んで差し上げれば、改善するかとも思いましたが、恐らく死ぬので、それは止めておきました。
 面接が終わった主人が、家に帰ってきた時の会話は、次のようなものでした。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。本日の面接はいかがだったでしょうか?」
「ああ、ひどいもんだった。俺の言っている事と、向こうが言っている事、全く話が噛み合いやしない。おまけに、駅で老人を助けたのに、そんな事は知らない、なんていいやがる。とんだ酷い会社だ。頼まれても行ってやるもんかね」
「左様でございましたか。ですが、老人を助けたとは、非常に良い行いをなさったのですね。そんなあなたを採用しないなんて、頭の悪いお人たちですね」
「まったく、その通りだ。とりあえず、酒だ。今夜は飲むぞ」
このような会話が、毎週のように繰り返されておりました。段々とこの会話も、夫婦の決まったやり取りとして馴染んできますと、
「ただいま」
「本日は、いかがだったでしょうか?」
「ひどいもんだった」
「頭の悪いお人たちですね」
「酒だ、酒」
というように、短絡化していきまして、更に、これが何週か続きますと、終いには、
「ただいま、酒」
「頭の悪いお人」
このような会話が、私と主人の間で交わされるようになってまいりました。
 酒ばかり進み、面接の方は全く進まなかったため、ある夜、テレビを見ていた主人に、
「転職活動、もし大変でしたら、お止めになっても、よいのですよ」
と申し上げますと、次のような事を語り始めました。
「いいや、俺は、まだ諦められない。今まで、俺は負け続けてきたんだ。小学校の運動会でも、常に俺はビリだった。中学に入っても、ビリ。高校でもビリ。俺はビリと共に、この人生を歩んできたんだ。でもな、俺がたった一度だけ、勝ったことがあった。あれは、大学時代のことだ。千葉県にある大学へと俺は進学した。そこで、アメリカの留学生の、ビリーという奴に出会ったんだ。欧米人によくあるような、背が高く、鼻の筋が通り、目の青い外国人で、日本人ばかりの大学において、明らかに周りから浮いていた。奴は、俺と同じ物理のクラスを受講していた。そのクラスで、お互い顔を合わせ始めた暫くの内は、俺はビリーに対しては、特別な感情は、持ちあわせてはいなかった。お互いに声をかける事もなく、文化の異なる日本で暮らしている奴に、むしろ、軽い同情に近い感情を覚えていた。だがある日の授業で、それは変わった。その日、ビリーは、授業開始一分前になっても、教室に現れなかった。他の生徒は、ビリーが教室にいるかどうかなんて、気にも留めていなかっただろう。奴は、授業開始のベルと同時に、クラスへ雪崩れ込んできた。肩を大きく揺らして呼吸をしながら、乱暴に席に着いた。理由は分からなかったが、授業開始に間に合うように、相当急いで走ってきたようだった。その瞬間、奴に自分と同じ、何かを感じた。今まで、俺が歩んできたような、抑圧され、圧縮された世界が、俺のこんな近くで、ともすれば、以前は海を渡った遠い世界で、ひっそりと息をしていたのかと、戸惑いに近い、複雑な感情が湧きあがった。その日の授業が終わると、教室から出て行こうとしていたビリーを、俺は呼び止めた。突然の事に、彼はたいそう驚いた様子だったが、すぐに口角を、これでもかという位に引き上げて、俺の表情を覗き込んできた。俺は、奴に尋ねた。お前もビリだったのか?、と。どうしても、確認したかった。俺と奴は同類なのかどうかを。どんな人生を、何を背負ってきたのかと。そうしたら、奴は、ビリー、ビリー、とへらへらした笑い顔で、俺に握手を迫ってきやがった。俺にとって、その手は、真新しい銀色のナイフのように思えた。今までの俺は、自分がビリであることを受け入れて、勝つ事を望んでこなかった。ビリであることは、俺にとっては世の常であり、もはやビリであるという、その概念ですら、俺の事を必要としていると思っていた。だが、何故かその時だけは、ビリーの彫の深い顔つきを見ていたら、俺の中で眠っていた何かが、咆哮したんだ。すぐには、その声に耳を貸すことが出来なかった。怖い。とても怖い。今までの俺を、否定しようとしている何かが、俺を、内側から破壊して、新しい俺としての人格を形成しようとしていたんだ。その声は俺の体内で反響し合い、その度に、その強さを増し、もはや負けを重ねてきた俺には、この場面においても、それを抑え込むことは到底敵わなかった。その声は、言った。勝て。今、勝たなくて、いつ勝てるのか、と。俺は、ビリーが差し出した、その手を、拒んだ。そうだったんだ、本心では、俺は、ずっと勝ちたかった。ほんの些細な事でも、構わない。ただ勝ちたかった。そして、ビリになりたくなかった。俺は、背を向けて、教室を飛び出した。そうして、結局のところ、ビリーはビリである事の存在意義を内包したまま、教室の隅でただ佇んでいた。一方、俺は、生まれて初めて、人に、この世に生を受けた者に、勝つことが出来た。至福が、体中から吹き出した。俺の周りは、至福で溢れた。教室の掲示板に張ってある破れた用紙、机の下にに仕舞われたくすんだ茶色い椅子、端が黒く変色している蛍光灯、そんな物達ですらも、俺が分け与えた至福を纏い、光を放っていた。、一度味わった勝利は、本当に格別だった。俺以外の人間は、皆、このような達成感、幸福感を、日常ことあるごとに獲得して、脳内に溜め込んでいたのかと思うと、自分の人生は、損で塗り固められたようなものだと感じた。どんなに美味な料理でも、どんなに美しい女性でも、このたった一度の勝利には、到底及ばない。だが、そんな勝利の余韻に、いつまでも浸っていられなかった。ビリーに勝利した次の日、俺が大学から家に帰っていると、車一台が通れるほどの、石で出来た小さな橋の上で、ビリーが俺を待っていたんだ。俺は何事ぞ、と身構えていたら、ビリーの奴が突然、懐から小刀を取り出し、ジャパニーズ、サムライ、ボンバイエと叫ぶと、、」
と、訳の分からないお話を永遠と続けておられたので、明日のお夕飯の献立を暫く考えておりました。

 捨てる神あれば、拾う神あり、と世間では言います。排水溝のぬめりのような私の主人ではありますが、それを拾ってくださる、非常に稀有な企業が、(私としましては、主人を拾うなど、その時点で、会社の方針を疑ってしまうのですが)、ようやく見つかりました。
 面接を無事成功させ、その場で内定を頂いてきた主人は、その夜は本当に饒舌でありまして、今まで見たことのないような笑顔で、人肌程に温まった日本酒を、体の芯へ流し込んでおられ、その得意げなお顔には、私も若干の苛立ちを覚えましたが、転職活動を無事終える事が出来ましたし、その夜に限りましては、主人のお猪口が乾かぬよう、お隣に座りまして、御付き合いさせて頂きました。
 さて、それから約一ヶ月は、全てが駆け足で過ぎていきました。主人の新しい勤務先は、今住んでいる場所からは非常に遠方だったこともありまして、引越しをすることになりました。引越し先を決めるのも、私にとっては、苦労の連続でした。何しろ全くの見知らぬ土地での生活となりますので、お買い物出来る場所が近所にあるか、子供を遊ばせる場所があるか、病院は近くにあるか、など、考えるべき事が多岐に渡りまして、それに合う物件となりますと、数も非常に絞られることになりますし、何しろ賃貸でお借りするため、家賃もなるべく低く抑えなくはなりません。あれこれ考える内に、ここでも私は、眠れぬ毎日を過ごすことになってしまったのです。一方、主人はと言いますと、物件を見に行く度に、
「近くにTUTAYAある?」
とか、
「女子高はどう?いや、女子大の方がいいかな」
または、
「団地妻って、世界遺産として保護すべきだと思うんだ」
と、不動産屋を相手に、熱弁を奮っておりまして、知床の流氷にでも流されてはくれまいか、と密かに念じておりました。

 苦心の末、何とか新居も見つかりまして、いよいよ明日が引越しとなりました。子供達はおろか、主人も眠りにつきました深夜、どうしても眠れない私は、一人でお台所に立っておりました。
 今済んでいるこのアパートには、五年間住んでおりました。五年前、主人と籍を入れまして、実家から此処へ移って参りました。主人と二人で暮らし始める日、父と母が車で、一時間かけて、この家まで送ってくださいまして、私と、主人と、父と、母と、4人で、この家で結婚のお祝いの食事を広げ、その夜、母は、大粒の涙をお流しになりながら「頑張りなさいよ」と、お言葉を私にくださいまして、父と二人で実家へと帰って行きました。両親が帰った後、4人分の食器の後片付けを、この台所で私が致しましたが、食器を洗う手をどうしても進めることが出来ず、流しのお水を暫く流したままにしてしまいました。
 それから、長男を身篭りまして、大きなお腹を、台所の縁に擦り付けながら、トマトのサラダを作ったり、この時はだいたい主人がお台所の仕事をしてくださいましたので、食器を流しに運ぶのが私の仕事でした。長男が生まれますと、初めの頃は私のお乳で育てたのですが、大きくなり離乳食が始まりますと、このお台所で、お野菜を細かく刻んだり、お芋を磨り潰したり、白米を潰したりと、近所の図書館で借りました本をお手本に、いろいろ作りまして、毎日息子に与えました。主人の誕生日には、伊勢エビを2匹程買って来まして、お台所で捌いたこともありました。私は、怖くて触れなかったので、流しの中で暴れまわるそれらを、主人が、鷲掴みにしてまな板へ置くと、ざくりと一突き包丁を背中に入れまして、お刺身と、焼き物、お味噌汁を、お作り致しました。次男が生まれますと、お料理は更に大変になりまして、次男の離乳食と合わせまして、好き嫌いの多い長男、味覚音痴の主人のための献立も考えなくてはならず、鍋やフライパンが、一時期は散乱する事になりました。
 今、お台所のステンレスは、無数に刻まれた傷痕と共に、とても冷ややかでした。僅かな水音すら、もう聞こえてはきません。私にとって、このお台所が、私の城であり、私達の命を育んできた場所でもありました。ここでの私のお仕事は、すべて終わり。お台所は、疲れ切った子供のように、今はただ、眠りに付いておりました。

 寝室に戻りました。主人と、子供達も、寝ておりました。この家で、家族の寝顔を見ることが出来るのは、最後でしょう。
「のぞみ…」
主人が、寝ぼけたまま、私の腕を御つかみになりまして、寝言を呟かれました。私は、主人の腕を布団の中に仕舞って差し上げると、首元までお布団をお掛け直しまして、そうして、そっと、お首を締めさせて頂きました。
 私は、のぞみではありません。
~ここまで母の手記~


 僕達家族の近況を手短に書くつもりだったが、本当に長く書いてしまった。深夜、ちょうど日付が変わる時刻に書き始め、外を見ると、カーテンの隙間から朝日が顔を覗かせている。
 僕たち四人は、ここにいる。何を考えているか分からない父と、家族を支えてくれていると、この日記にではあまり語られなかったがとりあえず元気な兄、こんな日記を書く事しか出来ない僕で、以前とは違う土地で、以前とは違う人達と、その中でも、僕達は、以前のように、暮らしている。もし、そんな僕達家族を、日本のどこかで見かけることがあったら、その時は、気軽に声を掛けて頂きたい。

 肝心な事を、書いていなかった。
 なぜ、父がブログを書けなかったか。もしかすると、これを読んで下さった方は、転職や引越しは大変だったろうが、これ程長い間、ブログを更新出来なかったのは、おかしいだろうと感じたかもしれない。
 その点に関しては、父に代わり、僕から釈明させて頂きたい。
 
 父は昨年末、某アイドルグループの、今年の推しメンを決めるため、秋葉原に一人旅立ち、
 
 その後、音信不通である。

web拍手 by FC2
コメント

元気かな~?と思ってました!!!

No title

お久しぶりです^^今年も宜しくお願い致します。

次男君は父親思いですね(笑)

お仕事は慣れましたか~

ご訪問ありがとうございます

今年も宜しくお願い致します。

お仕事大変だったのですねぇ~。
次男君から見たお父さん・・・
相変わらず、面白く拝見させて頂きました~♪

こんにちわ

コメントありがとうございます。

返信遅くなってすいません。
そして今更ですが、明けましておめでとうございます。

うちの次男が報告してくれている通りで、色々ありましたが、
今年こそは宜しくお願いします

続きが気になります(; ̄ェ ̄)

しかし、面白いです!!
本にして欲しいです(笑)

コメントありがとうございます

ジュリーさん
ありがとうございます。
もう少しだけ、続きを書けたら書いてみます。

No title

お久しぶりです!転職活動お疲れ様でした!
次男くん視点のお話とても面白かったです^^
続きが気になります…(笑)

No title

はじめまして。
お見事に楽しいお話ですね。
また来ます。
取り急ぎ。

コメントありがとうございます

優月さん
お久しぶりです。お元気そうで何よりです
次男と私は、現在、全開で風邪をひいております…

けいさん
はじめまして
ご丁寧にありがとうございます。
いつでも来ちゃってください
コメントフォーム














管理者にだけ表示を許可する
送信時に拍手も送る(拍手用のウインドウが開きます)

プロフィール

名前 : hitabon

2児(♂5歳、♂3歳)の父親です(プロフィール詳細はこちら)

連絡先はこちら
お知らせ
※当ブログへのリンクは連絡不要です
人気記事ランキング
スポンサードリンク
Amazon

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。