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太鼓の"鉄人"~僕がバチを片手に世界の愛を束ねる時~

hitabon    長男 
2011.08.10   [日記]



前回までのお話
太鼓の"鉄人"~僕がバチを手に取り戦う時~
太鼓の"鉄人"~僕がバチを鍋に入れる時~

太鼓の達人のスタートボタンを押した。

その時、大きなうなり声の様な歓声が会場を包む。どうやら和:J-POPの鉄人、馬場八三郎の演技が既に始まっていたようだ。
馬場八三郎はバチを天高く振り上げ、太鼓に向けて一直線に打ち落とす。どん、という低く重い太鼓の音が、私の鼓膜をじんじん震わせる。それに合わせるように観客の声が、脳内へと雪崩れ込んでくる。

上手かった。鉄人馬場の演技は文句なく上手い。今夜の課題曲「Yeah! めっちゃホリディ」のメロディに合わせ、画面にはタイミングパーフェクトのコンボ数が積み上がっていく。
勝てるだろうか。太鼓の達人に関して素人の僕が、一体どこまでやれるだろうか。

僕は、自分の太鼓の達人と対峙し直す。

「よし、やるか」

画面に目を戻すと、可愛らしい太鼓をデフォルメしたキャラクターが演奏曲の選択を促している。

『曲を選ぶドン』

もちろん課題曲である「Yeah! めっちゃホリディ」を選択しなければならないはずだ。画面上に挙がっている曲名を目で追う。

「Rock'n Rouge」
「亜麻色の髪の乙女」
「I・U・YO・NE~」
「Yeah! めっちゃホリディ」

あれ・・・
青いような桃色のような複雑な感情が一瞬過ぎった。
何かが違う、頭の中でけたたましく警鐘が鳴り響いてた。

『曲を選ぶドン』

ゲーム内の音声が選択を再び促す。僕は言われるがままに「Yeah! めっちゃホリディ」を選択し、開始ボタンを押す。

『じゃあ演奏始めていい?、って言うよね~♪』

画面いっぱいに現れた"彼"を見て、

「いやいやいや、違うでしょ」

僕はつっこまずにはいられなかった。


馬場八三郎の太鼓の音が地鳴りの如く鳴り響いた。目にも止まらぬ速さで太鼓の中央を連打している。それにつられて観客の盛り上がりも絶好調だ。

すぐに僕の太鼓の達人も、演奏が開始された。画面の右から左に向けて、赤い円が流れてくる。画面左端の透明な丸い枠に流れてくる赤い円が一致した瞬間に太鼓を叩けば、得点になるはずだ。
バチを振り上げ、タイミングを計る。さあ、くるぞ。いまだ。

とん

僕が太鼓を叩くと、乾いた音が鳴った。
しまった。慣れていないせいで力加減が分からない。これでは演技力が限りなく0だ。
観客席から、そんな不甲斐ない僕への嘲笑が聞こえてきた。

ごん ごん

鉄人馬場の方角から、大木が薙ぎ倒されたかのような轟音が響く。ダイナミックかつ荘厳な演奏だ。
ひるむな。仕切りなおしだ。大丈夫、僕は出来る。

今度は画面に青い玉が流れてくる。青い玉の場合は、太鼓の中央ではなく縁の部分を叩かなくてはならない。
よく見ろ。もう少し。タイミングを合わせて・・・
大きく振りかぶり、そして今度は力を込めて太鼓の縁を叩く。

かつ

軽やかな良い音が会場に鳴り響いた。そう思った瞬間だった。

「あ!」

太鼓の縁を叩いた反動で、バチが手から離れ宙を舞った。
しまった、力みすぎたんだ。
そう思った時には、既に遅かった。落下したバチは床の上で乾いた音を響かせ、そして太鼓の達人の筐体の下へ飲み込まれていった。慌てて下を覗き込むが、筐体の下は暗くてよく見えない。

もうダメだ。どのみち勝てっこない。
無理。不可能。敗者。
元々、鉄人と僕とでは、太鼓の達人の経験が違いすぎるんだ。僕は全てを諦め、立ち上がろうととした。

『え~もうやめちゃうの~?♪』

「え・・・?」

どこからか声がした。

『もう諦めちゃうの、って言うよね~?』

僕は太鼓の達人を見た。画面上には赤と青の玉が音楽に合わせて流れ続けているだけで、何もおかしな点はない。

『もういいの?私は24時間でも走れるわよ』

謎の声は、直接僕の頭に流れ込んでくるようだ。

「でも、僕では鉄人に勝てないよ・・・」

『もうやめるの?どんだけ~』

また違う声が聞こえてくる。

「だって、僕には鉄人のような表現力も技術力もないし・・・」

『太鼓だけで勝負するからダメなのよ。ねえちょっと、あなたも何か言ってやんなさいよ』

『太鼓の達人は太鼓だけで勝負するんじゃないのよ。愛よ愛』

今度は双子の声が聞こえてくる。

「愛・・・?」

『ちょっとアンタ・・・私が応援に来たのに何よその態度。早くおやりなさい』

さらに大御所の声まで聞こえてくる。

「僕は・・・一人じゃない・・・そうだ・・・愛・・・」

ようやく僕は分かった。僕に何が欠けていたのか。
僕にはもうバチは必要なかった。

「まつ・・・うら・・・あや・・・です」

僕は呟くように口にした。その瞬間、凍りついたかのように会場が一瞬にして静まった。あの鉄人馬場も演奏を忘れ私を凝視している。彼の太鼓の達人から流れる音楽は、演者を失ない空しく響いている。

「松浦・・・あや・・・です」

私の声に会場が僅かにざわめきだした。皆、自分自身が聞いたものを信じられないようだ。いける。いけるわ。もう一歩。最後の一押し。

「松浦・・・あやで~~~~す!♪」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

僕の掛け声と共に、会場が一斉に沸き起こった。僕はそのまま畳み掛けるように、会場に向かって笑顔で語り続ける。

「正面のお客さん、こんにちわ~~~!!」

「いぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「二階席のみんな、起きてるか~?」

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

「よぉぉぉし、今夜は最後までついてきてね~~♪」

僕は、
僕であって僕ではなかった。
松浦あやであって松浦あやでもなかった。
はるな愛であって大西賢治でもなかった。

「め~~~っちゃ、ほ~~りで~~~」

僕は踊った。ここはステージ。僕・・・いえ、私のためだけのステージなのよ。
ステージのライト、この空気、観客の歓声、全てを私の全身に浴びせるのよ。

「いえぇぇぇぇぇい。まだまだいくよぉぉぉ。いぇぇい、ずばっと!!」

鉄人馬場はただ立ち尽くしていた。自分の演奏を忘れ、彼もまた私の虜となっていた。
渦。会場全体が私を中心として巨大な渦のように湧き上がっている。

私が小さく手をふると、「フワフワ!!!」と会場中が手を振った。
私が小さくウインクすると、「アーーオーー!!!」と会場中が痺れた。
私が小さくジャンプすると、「フ~~~!!!」と会場中が私のスカートの中身を見ようと体勢を屈めた。

そしてフィニッシュ。

「ノリノリで恋したい!♪」

鳴り止まない、拍手喝采。喜び。憧れ。愛。
小指を立て、内股で、まるいおしりを少し突き出し、私は紛れもないトップアイドル。
そうよ、これよ。これが私が欲しかったものよ。
世界中の男、いえ、老若男女が私の虜なのよ。
ああ、誰か早く僕を殺して。こんな屈辱な姿、見られたくない。もういやだ殺して。

突然、会場が暗転した。それに合わせて、観客も一気に静まる。
スタジオ正面中央にスポットライトが当てられた。そこに立っていたのは、煌びやかな黒の衣装を身にまとった彼だ。

「今宵は、太鼓スタジアム始まって以来、見たことのない激しい戦いでした。まさか、鉄人馬場八三郎をここまで追い詰める挑戦者が現れようとは、思ってもいませんでした。それでは勝者を発表しましょう」

心臓の鼓動を模したかのようなピアノ音がスタジオを包む。さらにアナウンサーの声が聞こえてくる。

「さあ、今宵最強の和の鉄人に対したのは最強の挑戦者。泣いても笑っても、いまここに雌雄が決します」

固唾を呑み結果を待つ。何も聞こえない。静寂。
勝者は・・・

「挑戦者、hitabon」

「おおおおおおおお」

「勝ったのはなんと挑戦者。最強の鉄人馬場八三郎を下しました。ここで採点結果が入ってきています。料理記者歴40年:岸夜子、20対19挑戦者。女優:深野ゆう子、25対15挑戦者。占術家:太木数子、24対21挑戦者。3-0の圧勝で挑戦者hitabonが勝利しました」

鉄人馬場八三郎が私の方へ向かってくる。
被っていた帽子をそっと取り去ると、頬を緩ませ、右手を差し出してきた。

「やるね、あんた」

笑顔で彼の右手を僕も握る。

「やっぱ愛だろ、愛」

そう僕が言い終えるや否や、目の前の世界がぐにゃりと揺れた。

「あれ、なんだろ・・・」

歪んだ視界の中で、鉄人馬場はさらに私に問いかけてくる。

「それで、今日の夕飯は何がいい?」

「え?夕飯?」

「そう、夕飯。和食、洋食、中華。どれがいいかしら?」

「いいかしら・・・?」

「ほら起きてよ!今晩の夕飯は、和食、洋食、中華、どれがいいのか早く言ってよ」



気が付くと、リビングのソファーの上に僕は横になっていた。
目の前で妻が僕に話しかけている。

「だ・か・ら・今日の夕飯何がいいの?」

そうだ、僕はソファーの上で寝ていたのだ。寝ぼけ眼のまま僕は答える。

「ああ、夕食か。君の愛情がこもっていれば何でもいいと思うんだ。世の中、やっぱり愛だよ」

「何それ?愛でお腹が膨れたら誰も苦労しないわよ。あと、それ汚す前に早く返して」

「え?それ、って?」

3歳の長男が、部屋の隅で僕の方を見てにやにや笑っていた。

「どうしたの?お父さんの顔に何かついてるの?」

「ぷぷぷ。お父さん、自分のお胸見てごらんよ」

言われるがまま自分の胸元を見る。そこには洗濯を終えた嫁のブラジャーが、まるで私が付けているかのように綺麗に乗っかっていた。

「こら。お前がやったな。いたずらはやめろ、って言うよね~♪」

隣の部屋へと笑いながら長男は逃げ出していった。

僕は、胸元のブラジャーに手に掛け、やはり何もせずにそのまま手を戻した。
こうして僕は、また一つ新しい扉を開く。

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